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嵩山東麓の織機洞見学

3月15日、鄭州市内から西へ50km、嵩山の麓にある織機洞を訪ねる。

鄭州市街地から高速道で郊外に出ると、灰色のスモッグで3km先は見えない。 

織機洞は、秦嶺山脈の東端、嵩山山地に広がる石灰岩地帯にある石灰岩溶洞だ。

周囲を見渡すと、セメントの原料となる石灰岩の採掘地が随所に見られる。

織機洞は古くから知られ、鄭州市と北京大によって調査された中期~後期旧石器時代(上層には新石器時代、商代)の包含層が20mほど堆積した著名な洞穴遺跡で、2006年5月、国家文物保護単位(国指定史跡)に指定された。

鄭州市街地から車で約1時間ほどの距離にある。 北京大の王幼平教授の案内で初めて訪れる。

車を降り、20mほど急斜な階段を息を切らせながら上がると、目の前にポッカリと口を開けた洞穴が現れた。

洞穴の前庭部には調査トレンチが開けられ、断面に堆積物が露出する。

赤くなった地層は、更新世の温暖期に堆積した古土壌層だ。その上部4mには2万年前の最終氷期最寒冷期の厚い角礫混じりの堆積物が載る。

石器や獣骨の化石が何層にもわたって出土し、約6~1万年前の文化の変遷を詳しく知る上で貴重な遺跡である。



▼織機洞入口。 右手の急な石段を昇ると洞窟に達する。

織機洞入口_01 (画像をクリックすっと拡大)




▼国家文物保護単位を示す織機洞碑。

織機洞碑_01




▼石碑脇の石灰岩の壁に穿たれた小石窟。

石窟_01




▼石窟内の仏像群(6世紀後半築造)。

石窟内仏像_01




▼白い可憐な花を付けた杏の樹。

杏の群生_01




▼織機洞外観。 歩道の下に堆積物が延々と連なる。

洞穴外観_01




▼厚い洞内堆積物。 最終氷期に天井から崩落した角礫が層となっている。

洞穴内堆積物_01




▼探訪記念のスナップ。

スナップ_01




▼洞穴内からの眺望。

洞穴内からの眺望_01




▼馬蘭レスと古土壌。

レスの土柱_01




▼大規模な石灰岩採掘場。

石灰岩採掘場_01




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河南省鄭州市街

3月14日から17日朝まで河南省省都の鄭州市に滞在。 北京から高速鉄道に乗ると2時間半(750km)で到達。

この地は中原のど真ん中にあって、黄河に近い中華文明の発祥地。 

『史記』に記された最古の王朝である夏の都は不明であるが、それに次ぐ商(殷)王朝の宮殿はこの地にあった。 紀元前11世紀以前にまで遡る商都城である。

2012年に初めて訪れて以来、5年ぶりとなる。

宿舎は旧市街地にある嵩山飯店。 嵩山は、鄭州市街地の西南に聳え、五岳の一つとして余りにも有名である。

季節柄、ホテルの敷地には満開の桜、コブシの花が咲き乱れ、春の訪れを告げる。 街の雰囲気も華やいだ気分に。

ホテルの前の街路樹は、南京でも見たプラタナスだ。 いずれも地上3mあたりで枝が2つに分岐し、車道と歩道に枝がかかり、夏場には強い日差しをさえぎる工夫が凝らされている。

折りしも、朝の通勤時間帯とあってバイクに乗った人たちが通りかかるが、 いずれもヘルメットを着用していない。 

中国では、ヘルメットの着用を義務付けていないようだ。 人口の多いこの国では、人命尊重という意識に乏しいらしい。





▼投宿の嵩山飯店。 宮殿風の屋根が格調を醸し出す。

嵩山ホテル_01 (画像をクリックすっと拡大)




▼ホテル敷地内の満開の桜。 花の下には外国との合弁で作られたさまざまな常用車が駐車。

桜の木_01




▼団塊状の桜花のアップ。 白い五弁と赤いシベを見せ、山桜の変種か。

桜の花_01




▼コブシ。 淡い紫色の花弁が気品を漂わせる。

コブシの花_01




▼ホテル前の朝の街路の雑踏。

鄭州市バイク_01



▼女性運転手の乗合バスが通過。

鄭州市乗合バス_01



▼スモッグに霞む市街。 

鄭州市街_01

北九州市内の発掘現場訪問

2月26日(日) 小春日和の中、北九州市馬場山公園を中心に広がる辻田遺跡の発掘現場を訪れる。

東北芸工大の長井謙治氏のチームが、かつて同遺跡で発掘された大型重厚な石器の本来の包含層を探索するための学術調査を実施中だ。

2月15日から発掘を開始し、11日間に開けたピット(試掘坑)は10箇所。 公園造成に伴う地形改変がひどく、本来の地層を残すのは2箇所のピットのみ。 しかも公園内に設けられたトレンチは後世の撹乱を受け、本来の地層を残すのはわずか畳1枚ほどだ。

庵主が現地を訪れた日に、茶褐色の風成堆積物中から剥片1点が顔を覗かす。 これは願ってもない僥倖だわい。

庵主が赴くと妙に石器が出るけど、トレンチの中に降りていないんで、念力くらいしか…(アハ)。

40年前の辻田遺跡の緊急調査(北九州埋蔵文化財調査事業団の山手誠治氏調査)では、重厚な石器が弥生時代の遺構から少なからず出土し、それらの形状などから所属時期の古さ(前期旧石器?)が注目されたが、本来の包含層を遊離した出土のため、旧石器との認定には至らなかった。

今回の調査で、それらの石器が阿蘇4火砕流(8.8万年前)よりは新しく、姶良丹沢火山灰(3万年前)よりは古い地層に包含されていたことが判明。 その間に堆積した地層の特徴から、韓国のレスー古土壌編年に対比して、年代をさらに絞り込むことも可能だ。 庵主の見立てでは、5.7~7万年前の間に入ることは確実だ。



27日午後、北九州市の「いのちの旅博物館」「北九州埋蔵文化財調査事業団」に保管される過去の出土資料を実見し、大陸の前期旧石器に酷似するのに驚愕。

庵主も20年ほど前にこれらの石器を実見したことがあるが、そのころは大陸側の前期旧石器についての知見に乏しく、正しい評価を与えることができなかった。 経験の蓄積が重要であることを痛感させられる羽目に(涙)。

石材は、弱変成のホルンフェルス(表面が風化してザラついた感じだが、新鮮な断口は光沢のない黒色)が圧倒的に多く、ほかに玉髄、石英、花崗閃緑岩も散見される。

石器にはチョッパー、チョッピング・トゥール、ハンドアックス、ピック(中国でいう「大三稜尖状器」)、ベック(嘴上石器)が含まれ、大陸の前期旧石器の主だった器種を網羅する。 

用いられた石材の特異さ、石器サイズ、石器形態、ダイナミックな剥片剥離法などから、現生ホモ・サピエンスとは異なった人類の手で作り出されたことが推測される。



▼馬場山公園の一角に立つ復原竪穴住居(コンクリート製)

竪穴住居復原_01 (画像をクリックすっと、拡大)





▼馬場山公園内の調査区

調査風景_01 




▼発掘区(テスト・ピット2)近景

TP2調査地_01




▼発掘風景(テスト・ピット2)

辻田TP1全景(4)




▼巨大なチョッピング・トゥール(北九州埋蔵文化財調査事業団所蔵)

Chopping-tool表




▼巨大なハンドアックス様石器(北九州埋蔵文化財調査事業団所蔵)

大ハンドアックス表




▼花崗閃緑岩製のピック(北九州埋蔵文化財調査事業団所蔵)

花崗岩製pick




▼大型ベック(嘴状石器)(北九州埋蔵文化財調査事業団所蔵)

Pick1表




▼大型ベック(嘴状石器)(北九州埋蔵文化財調査事業団所蔵)


Bec2背面_01



考古学は、フィールド・ワークから新たな発見がもたらされる。 またしても、机上の学問では得られない醍醐味を味わった現場だった。

昨年の木崎小丸山遺跡(長野県大町市)の調査に次いで、日本の前期旧石器研究は着実に前進しているのを実感。


公州石壮里遺跡博物館

学会のエクスカーションで数年ぶりに公州市(忠清南道)にある石壮里遺跡博物館を訪ねた。

錦江河畔にある石壮里遺跡の保存と活用のためにつくられた施設だ。

公州はかつて百済の都が置かれた土地で、ソウルにあった都を高句麗に攻略され、残存勢力が南下して都を築いたものだ。

『日本書紀』には熊津と記され、「くまなり」と読ませている。すこぶる難解な地名だ。

1970年代に発見された武寧(斯麻)王とその王妃の陵はこの町の郊外にあり、未盗掘の墓室と副葬品は世紀の発見とされる。


石壮里旧石器遺跡は、公州の町から錦江を車で10分ほど遡ったところにある。

1970年代に延世大学校の孫宝基教授によって発掘された旧石器時代の遺跡で、文化層が何枚も重なって発見された。

この遺跡は、韓国で最初に発掘された旧石器遺跡として有名だ。国指定の史跡。


数年ぶりに訪れると、遺跡公園としての整備が進み、随所にモニュメントが配され景観が一新していた。

発掘された事実と異なるものもあり、公州市が力を入れる観光名所としての遺跡活用だ。




▼朝霧にかすむ博物館敷地。

DSC_0683石壮里博物館1_26 (画像をクリックすっと拡大)




▼ゲートをくぐると、ハンドアックスを手にした巨大なモニュメントが。

DSC_0733石壮里博物館10_35




▼マンモスの狩猟風景ジオラマ。ただし、この遺跡ではマンモス骨は出土していない。

DSC_0732石壮里博物館9_34




▼ハンドアックスを配した街灯。

DSC_0690石壮里博物館2_27




▼博物館施設の外観。

DSC_0693石壮里博物館_28




▼ベンチに旧石器人のジオラマが。記念撮影用のアソビ?

DSC_0695石壮里博物館4_29




▼屋根の上で牙をむく剣歯虎。迫力満点。

DSC_0697石壮里博物館5_30




▼展示室。

DSC_0709石壮里博物館7_32




▼展示室のジオラマ。形相に子供が怯えそうだ。

DSC_0707石壮里博の猪狩り_36




▼錦江の河岸に復元住居が並ぶ。レレッ、住居跡って出ていたっけ!?

DSC_0728石壮里博物館8_33



史実とは異なるジオラマは教育効果としていかがなものか。

遺跡博物館というより、ジオラマ施設としたほうがふさわしい。客集めと博物館の役割としての機能がごちゃ混ぜになった印象を避けられない。

コンセプトが中途半端のよくないい見本だ。



韓国の近況

【風船銃撃事件】
 1年半ぶり、2泊3日の駆け足訪問であったが、10日には滞在していた漣川郡からDMZ(非武装地帯)越しに北朝鮮へ飛ばした風船が北朝鮮軍に銃撃され、その弾が韓国側に着弾するという事件が起きた。韓国軍も即座に40発応戦し、高度な警戒態勢を敷いたという。この日の朝、宿舎のホテルでもj実弾演習の砲撃音が鳴り響いていた。
 これまで板門店に近い坡州から風船を飛ばす事件はあったが、内陸部の漣川郡がわざわざ選ばれたのは韓国側の警戒の意表を突いたのだろう。
 韓国の知人の話しによれば、風船には反北朝鮮メッセージともに1ドル札を付けて飛ばし、脱北者組織がおこなったものという。現在の北朝鮮の経済事情を考えれば、1ドル札は砲弾以上の効果が…。脱北者たちもなかなか考えたものだ。仁川アジア大会で北朝鮮高官が電撃訪韓し、雪解けムードにあった両国関係に冷や水を浴びせる事件であった。
韓国政府も脱北者という内憂を抱え、頭が痛いことであろう。脱北者を積極的に受け入れてきたのもまた韓国政府だ。



【韓国民もハイブリッド車志向】
 全国的に高速道路網が拡充されるいっぽうで、韓国の道路はどこも車の洪水だ。ラッシュ時でない時間帯でも渋滞は日常茶飯事。こうした状況を目の当たりにすると、日本以上に車社会を実感させる。またソウル市内の空気も排気ガスの増加で悪化の一方だ。第2の北京にならなければよいが…。
 最近、韓国でも日本製のハイブリッド車に人気が高まっているという。少し前までは、「なんで日本車を」というムードが支配していたが、物価高の昨今、家庭の経済事情を考えれば、燃費効率がいい日本車を購入するのは至極当然のなりゆきだ。「背に腹は代えられない」というのが市民の本音。現代自動車も開発を急がねば。でないと、日本車メーカーの草刈り場に。


DSC_0280_convert_20141013151352.jpg (排気ガスに霞むソウル郊外)


【怨嗟の中国人観光客】
 韓国経済を牽引してきたサムスンの収益(国民総生産の2割を占める)に陰りが見えてきた。中国製の安価なスマートフォンに押され、売り上げがここ数ヵ月急速に減少しつつある。ウォン高もあって、そのほかの生産部門でも苦戦が続く。
 ソウルの有名なショッピング街「明洞」では、日本人観光客の姿に代わって、中国人観光客で溢れているという。彼らは値切るわ、一度買った物より安い店を見つけては返品・返金を求めるわ、値切り倒して原価割れを生じる店が出てきたりで観光業界も悲鳴を上げ、いまでは日本人客を懐かしむムードさえ生まれているらしい。中国人観光客の増加が必ずしも売り上げに直結しないのを厭というほど経験し、ほとほと音を上げているという。ホテル業界も中国人宿泊客に部屋の備品が持ち去られる(日本でも同じ)など、被害が絶えないらしい。
 冷え切った日韓関係の好転と日本人観光客の来訪を内心願っているのは観光業界なのかもしれない。韓国は、これからどこに向かうのであろうか…。


DSC_0284_convert_20141013150847.jpg (金浦空港の落日)
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