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古風かつ粋な旅籠

はたご小田温泉の巻

弥生27日(土)。晴れ。

多伎海岸のリゾートホテル「マリン・タラッソ出雲」が土曜で一晩だけ満室のため、同じ出雲市多伎町にある老舗(大正創業)の”はたご小田温泉”に大女将に頼み込んで予約投宿。

小田川の岸辺に張り付くようにたつ、小じんまりした料理旅館。道路わきに立てられた表示がなければ、うっかり通り過ぎてしまいそう。

母屋と離れ(客室)が渡り廊下で結ばれ、中庭にも味わいがある。

玄関を入ると脇に、季節がら内裏雛と五人囃子がさりげなく飾ってある。

昨秋の調査の際、ときおり夕食(とりわけ鰻料理は絶品)に出かけ、屈託のない大女将、若女将とは顔なじみ。


大女将ときたら、出雲の神様、郷土史についてはことのほか博識多学。講釈に及んだら、とどまるところを知らず。
おそらく出雲で、このひとの右に出るひとはあるまいて。


【閑話休題】

ここで「多伎」の地名由来考証

多伎町の「多伎」は、アマテラスオオミ神とスサノオノ命の誓約(うけい)の際、アマテラスがスサノオの十拳剣を噛み砕き、その気吹(いぶき)から生まれたとする宗像三女神のひとり「多岐都比売(タキツヒメ)」のタキに由来するか。タキツヒメは宗像神社の辺津宮の祭神。

たしか出雲国造の振根が宗像に出かけた留守中、弟が兄の許しもなく出雲の神宝を天皇に奉った(ヤマト政権への従属行為)伝えがあるが、これからも出雲と宗像の深いつながりを読み取ることができそうだ。

今次の踏査中、多伎神社に立ち寄ったが、境内の見事なヤマザクラの花に見とれ、祭神を確認するのを忘却しておった(アチゃー)。




旅籠の亭主は、書画、焼物で海外にも名の知れた芸術家兼料理の達人。各部屋を飾る掛け軸、襖絵、釘隠しはこの御仁の作になるか。

十畳敷きの和室に案内されるや、いきなり、床の間の掛け軸が目に飛び込んできた。フム、フム。
「きつつきの宮さよ 神の山眠る」  これなら、庵主にも読めるわい。出雲は神様とは切り離せない土地柄だわい。


DSC_0171_convert_20100331154908.jpg 掛け軸


部屋の窓際に置かれた白い八重椿が、陶器の一輪挿し(亭主自作の焼物?)にマッチし品よくおさまっている。

白椿一輪挿し 八重白椿の一輪挿し


窓の外は小田川の清流。蕾を大きく膨らませたソメイヨシノの古木と、黄と白の花弁をまぶしたミツマタの可憐な花が春の訪れのまじかさを感じさせる。

ミツマタ ミツマタの花


山歩きで冷え切った体を温めるため、まずは温泉へ。

渡り廊下でつながれた古色蒼然たる木造の湯屋がまたいい。屋根の梁と垂木をさらす高い天井と広い浴槽。

氷雨交じりの寒風の中で山野を徘徊し冷え切った身体を芯からじわーっと温め、疲れを癒してくれる。

湯加減がややぬる目で、ゆったり浸っていても、上気させない。湯は癖がなく、慢性の便秘(該当者知っとるわい)、高血圧(ギクッ)に効能ありと。


日本海の波頭を踏んで、わが願望の「常世」に渡ったスクナヒコナ神(大国主命の国造りを手伝った盟友)の伝承ものこる地だし……(アハ)。


これから出雲に来っときは、ここを常宿にしたろうて!。



この旅籠がえらく気に入った庵主



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日御碕神社と猪目洞窟

日御碕神社門 日御碕神社門楼

日御碕を訪れたついで(神様に怒られるかな)に日御碕神社に参詣。

日御碕灯台のすぐ近くに鎮座する。もともとは近くの経島(ふみのしま)に祀っていたのを現在地に移したという。

対馬暖流が流れ、周囲を深い濃緑の葉をつけたシイ、カシ類の照葉樹林に囲まれ、桧皮葺の屋根と朱塗りの柱、緑の連子窓、白い漆喰壁がひときわ映える。


譌・蠕。遒慕・樒、セ_convert_20100331150151 下社と上社


上社(神の宮;祭神はスサノオノミコト)と下社(日沈の宮;祭神は天照大神)からなる。

天平七年の勅に「伊勢大神宮に日本の昼を守り、日御碕大神宮に日本の夜を護らしめん」とあって、神話を補完する。

「日沈の宮」という称にかかわってか、8月7日には例大祭「夕日の祭(神幸祭)」が開催されるという。

現社殿は、徳川家光の命で建立した総「権現造」で重文指定。

賽銭を投じ●●と●●●●をねんごろに祈願した後、「おみくじ」引いたら、な、なんと「大吉」!!!
昨夏より続く神懸かりともいえる幸運、ツキは、いまだ去らず!。

中央政府に国を奪われた出雲の神々は、どうも反中央志向の庵主に好意を抱いてくれているらしい(フ、フ、フ)。

「吉籤」なので、木の枝に括りつけて去るにしのびず、大切に財布の中に保管。




このあと、国指定史跡の「猪目洞窟」へ。


海に面した高さ20mもありそうなグリーンタフ(緑色凝灰岩)からなる断崖下に岩陰がポッカリ。

ここは「黄泉の国」への入り口ともされる。現今は海食洞穴を利用した船宿としている。


迪ェ逶ョ豢樒ェ歙convert_20100331150254 猪目洞窟


ここの発掘調査では、古代の埋葬人骨も多数出土している。船材を再利用した棺も出土したらしい。
古来、海人たちの存在をにおわせる場所だ。周囲の地形からしても、海からのアプローチのほうが容易だ。



海民たちの死者を送る場所として利用されていた洞窟が、「地底他界」(根の国)信仰と結びついて、いつしか黄泉の国神話に取りこまれたのだろう。

海人が古来信仰していた神話が、中央政権の「国生み神話」に盗用(?)された形跡は他にもある。イザナギ、イザナミの二神が天の浮橋に立ち、滄海に天の沼矛を突き立て「こおろ、こおろ」と掻き混ぜ、矛の先から滴り落ちたオノゴロ島を創出する条は、あまりにも有名。この後、イザナギ、イザナミは、この島に降り立ち日本列島の基幹となる八つの島々(大八洲国)を産む。

この「こおろ、こおろ」とうい擬態表現は、瀬戸内の海人たちが濃縮した海水を鉄鍋で沸騰、掻き混ぜて結晶塩をつくりだす際の掛け声あるいは呪言ではなかったかとする説もある。


日本神話に海と海民の姿が見え隠れするのは当然のことだが、日本海の荒波が打ち寄せる島根半島の僻村にある一介の洞窟「猪目洞窟」が黄泉の国への入り口と語り継がれてきたバックグランドがなんとも面白い。



「常世の国」志向・願望の庵主には、ここは無縁の地だ。早々に退散、退散。




日本海の虹

春遠き日本海

調査のため、3月25~28日、出雲の大社湾に面する出雲市多伎町のホテル「マリン・タラッソ・出雲」に投宿。

海岸べりに建ち、部屋はツインで広く、窓からベランダ越しに日本海が目に飛び込んでくるいい部屋だ。天気が良ければ、水平線に沈む夕陽も見れる。

眼前に拡がる日本海は、3月下旬というのにまだ冬の海だ。

水平線に目を凝らすと、うっすらと七色の虹が!!!。 こりゃ、シャッターチャンスだ。 写真でわかるかな?

撮影後、5分も経たないうちに消滅(アレ、アレ)。

日本海の虹 日本海の虹




砂原海岸(出雲市)に押し寄せる波また波。沖合は冬の海の色。

次々と押し寄せる波がしらを見てると、オオクニヌシ(大国主)の国造りを手伝ったスクナヒコナ(少彦名)神が皮船に乗って出雲の海岸に来着するシーンを想起させてならない。

右手の岬の突端は、出雲神話に出てくる「国引き」で有名な”島根半島”の西端にある日御碕。

冬の日本海 冬の日本海




日御碕に立つ灯台。白く塗られた石壁が強い日差しを反射して眩しい。

日御碕の絶壁下の岩礁を洗う白い波の華とコバルトブルーの海水の取り合わせが得も言われぬが、吹きつける海風が強く吹き飛ばされそうで1分と立っておれない。

【閑話休題】山篇の「岬」の字でなく、石篇の「碕」を充てているのをみると、古代人は二つの漢字を地形に応じて使い分けていたんだろう。「碕」の字は、断崖絶壁の岩が海湾に落ち込む場所に使用していたにちがいない(庵主説?)。

そそくさと「碕」を離れ、駐車場へ退散することに。

冷え切った体を温めるため、堪らず、ストーブを焚く土産物屋に一目散。

とりどりの貝殻(売り物)の中にイモガイ、ヤコウガイを物色しながら話してると、店のおばはんから熱いお茶をふるまわれた。

その情にほだされ、ついつい棚に鎮座していた「宝船に乗ったネコの七福神」の焼物を衝動買いしてもた(作戦に引っかかったか!!??)。

あとで、かさ張る土産に閉口しながらも、京都までぶら下げ、商売をしとる「円亭」の女将にくれたった。女将が包装を解くと貯金箱になっとった。

女将が帆の後ろに開いたコイン投入口に500円硬貨が入るか、聞いてくる。ム、ム、もうその手に乗るか!!

日御碕灯台 日御碕灯台




小田地区の民家の屋根の棟飾りを見ると、エビス神が…。赤い瓦は、この地によく見る赤い釉薬を掛けた石見瓦。

早速、ズームレンズを取り出し、ショット。顔の表情がなかなかユーモラスで面白い。

この地は漁師の守護神であるエビスさんのホームグラウンド。


戎棟飾り
エビス棟飾り

卒業式の一日

午後から懸念された雨も降らず、気温も20度を越える絶好の卒業式日和。

冷泉家の名物早咲き桜(ソメイヨシノ)も満開。今年は、開花が数日早い。



学部卒業式後におこなわれる教室での「学位記」授与の後、クラーク館前で恒例のゼミ卒業生、大学院修了生とのメモリアル・スナップ!。

みんな実に爽やかな顔してるな。表情に達成感が感じ取れる。

両脇の女の子が、これまたカワユーイ!!! 

昨年卒業したゼミ生たちも、サークルの後輩の卒業を祝いに来校し、期せずして再会。前もってメールすればいいものを……。 

クラーク館前2 クラーク記念館前



5時から市内のホテルでおこなわれる日本史コースの謝恩会へ。
記憶違いでホテル・オークラに行ってしまい、電話で確認し会場の日航プリンセスホテルへ。途中、車が渋滞し先へ進めず、ヤキモキ。


謝恩会のあとは、連れて行ったことのないゼミ生ふたりを拉致(?)し、祇園のライブハウス「ケントス」で2次会。改めて祝杯。残余の顔触れは、すでに研究室の追い出しコンパで連れて行ったのでいいか。

1950~1970年代のヒット曲(プレスリー、ベンチャーズなど)に合わせて客が踊りだすシーンにふたりとも呆然(目が点に)。生まれる前の時代にタイムスリップ。

聞けば、メロディはどこかで聞き覚えがあるという。結構、曲と店の雰囲気を満喫している風情。

感銘を与える名曲は世を超え、時代を超えて聞き継がれるのが世の習い。

卒業式の流れと気付いたのか、店員が気を利かせて、二人をステージに上げて紹介の後、”イエロージャケッツ”のメンバーズと記念スナップ(写真はプレゼント)で祝福。このあたりは店の機転。
客席で二人のスナップを撮っていた老師まで、ステージに引っ張り上げられてしもうた(オヨオヨ)。

照れ隠しに思わずVサイン!!  客も拍手で祝福。なんともはや。



ケントス3 ステージでの祝福



ケントスを出た後、近くの行きつけの祇園のバー「真理」で、例によってママのお喋り(!?)を聞き流しながら、雑談に興じ、マイペースでグラスを傾ける。

テーブルの上に置かれた数輪の白椿と紅椿が心を和ませる。

キープしたボトルにふと目をやると、去年のゼミ生がいたずら書きした老師の似顔絵が…(似とるかな?)。

中身を飲み干しては、同じ瓶に継ぎ足してこれが3本目(汗)。

似顔絵入りの瓶が、過ぎ去りしゼミ生の思い出とともに、なかなか捨てるにしのびがたい。

真理ボトル  祇園のバーのボトル

11時を少し過ぎたころにお開き。通りに出ると雨が舗道を濡らしていた。

今年の卒業式の1日も、かくして終わった。

皆、1年後にどのように成長しているのか……。


洛倭亭庵主



春のはしりの早咲き桜

桜のはしり

曇天。比叡山は黄砂に霞む。

三月中旬にして、早くも京都の出町界隈の鴨川辺(賀茂大橋西詰下流)で目にした2株の早咲き桜。

ここ1週間、橋の上から遠目に見た花はてっきり「桃」の花と思いきや、近寄って見ると、まごうかたなき桜花。

すでにピークを過ぎたのか、春風一過、雪のように花弁を散らす。一雨でもきたら……。



(クリックすると画像が拡大)
出町界隈のいぼ桜 遠望

樹幹に吊るされたラベルには「いぼ桜」と。

山田孝雄の名著『櫻史』に引く江戸期の桜品種69種の中にも、この名は見当たらず。その後に品種改良されたものか。

難を言えば、「いぼ」から連想させる言葉がよろしくない。

いかなる漢字を当てるのか知らないが、命名者は雅名をつけてやる風流心にいささか欠けているのでは…(苦言)。


十数匹のメジロが、蜜をついばんでは枝から枝へ、せわしく飛び移る。羽が花弁に触れるたびに、あたら花弁を散らす。

メジロ番up メジロのつがい

花芯が濃い紅色を呈し、花弁も薄紅色がかっているため、遠目からみると全体にピンクがかって見える。

辺りに華やいだ雰囲気を醸し出し、和やかな気分にさせる。

桜の開花期間は短く、散り際は早い。

「花は桜木、男は武士道」。散り際のいさぎよさが、日本人に愛されてきた所以か。



桜を詠んだ詠は古来数知れないが、次の詠はあまりにも有名。

  「ねがはくは花のもとにて春死なん その二月(きさらぎ)の望月のころ」(西行法師)

桜をこよなく愛した西行は、望みどおり、文治6年2月16日に往生を遂げる。まさに月日までぴったり。

桜と自分の生を同化するまでに昇華した人物とされる。

凡人にはなかなか真似できんわい。


いぼ桜接写 Close up

いぼ桜アップ  常緑樹とのコントラスト


出町界隈の柳の葉も日ごとに薄緑色を増し、鴨川の水もぬるんできた。春はもうそこまで来とる。


洛倭亭庵主

テーマ : 日々のつれづれ
ジャンル : 日記

金沢での再会

1年ぶりの金沢訪問

昨日(13日)、今日(14日)と金沢で開かれた学会に参加。


金沢は、昨年3月下旬以来、まる1年ぶりの訪問。学会参加のため昼過ぎに金沢駅に到着。

雪は残っていないが、曇り空で風が冷たく、冬の名残りを感じさせる。

開会時間も迫り、駅からタクシーで急行。



兼六園の向かい側にある県立歴史博物館が学会会場。赤レンガ造りの荘重な二階建て建物は旧軍の兵器庫。外観からは、とても博物館というイメージを抱かせない。

窓は鉄格子に鉄扉付きで、いかめしい感じだが、もともと収蔵されたものが兵器だけに納得。

新たに箱ものをつくるだけが博物館施設ではない。歴史的建造物を再利用するアイデアがいい。


 石川県立歴史博物館
NEC_0012.jpg  NEC_0013.jpg  


振り返ると、芝生を張った植え込みに椿の花が。思わずショット。

NEC_0011.jpg



旧友との再会!!!


学会につ付きものの懇親会では、40年前に北海道に渡った旧友と20年ぶりに再会!!!。

学園闘争の中で闘った同志。白髪に過ぎた歳月を偲ぶ。聞けば、退職まで2年を残すのみという。

実に40年の研究人生を北方文化の究明にささげた重みが、ひしひしと伝わってくる。

北陸の美酒に杯を重ねつつ、学生時代に共に山野を彷徨した過ぎ去りし日々の思い出を肴に、話に花が咲く。

走馬灯のように記憶が甦る。この間だけは、時間が止まった。

学生時代の親友というのは、なにものにも代えがたい。




今日(14日)は、昨日と打って変わって小春日和の雲ひとつない快晴。
昨日飛来していた黄砂もは影も形もない。 抜けるような青空だ。


香林坊界隈の散策


昼食時に香林坊の「近代文学館」界隈でピンク色の花をつけた1株の紅梅を見つけた。

 碧空をバックに薄紅色の花弁が見事。

NEC_0003.jpg 香林坊で見つけた紅梅


近くで、洒落たお菓子屋さんのショーウインドウに目をやると。

かわいい内裏雛をあしらった金平糖に魅惑され、思わず店内に脚が吸い込まれる。

おもいおもいの装丁を凝らした和風菓子のオンパレードに、百万石の歴史と文化を感じさせる。

お雛金平糖1

お雛金平糖2




金沢城の鬱蒼した杜を取り巻く、高くやたら長い石垣にも百万石の風格を見た。

NEC_0001.jpg  金沢城石垣

帰りの車窓から観た、白銀に包まれた白山の峰々が夕陽を受けて、いっそうの神々しさを醸し出す。


テーマ : 今日の出来事
ジャンル : 日記

韓国のうどん屋

今回も韓国での食事ネタ。今日はこれで3回目の記事アップ(ヘトヘト)。


忠清北道公州市の「石壮里先史遺跡博物館」(公州市立)近くの「うどん屋」さん。

2月26日、博物館で資料見学の後、大田市に行く途中の錦江(クムガン)河岸にある地元で知られた「うどん屋」で昼食。

勾配の低い四注造りの屋根(韓国ではよく目にする)一面に、陶器片を瓦代わりに載せた風変わりなアイデアがなんとも奇抜!!!。さすが焼き物の国。


靴を脱いで板張りの床に腰を下ろすと、床下暖房のオンドルが心地よい。昼食時とあって、ほぼ満席状態。人気のほどが知れる。

卓上ガスコンロに真鋳製の鍋(出し入り)をかけ、キムチ、ニンニク、オキアミ、焼き豚、イカの塩辛、白菜(以上付け出し),青唐辛子のほか、海鮮の具(アサリ貝、ホヤ、エビ)が皿に盛られて運ばれてきた。調味料は真っ赤な唐辛子をあえた味噌タレ。

鍋が煮たぎったところで、湯がいた「うどん」を投入。うどんは漂白した中細麺で日本で食するものと変わりない。

運んで来た7人分の「うどん」の量が、また尋常に非ず。食えども食えども減らず。

胃袋が小さい日本人は、早々とホールドアップ(腹抱了!)。

扶余から同行してきた妙齢(?)なる韓国人美女ふたり(差し障りがありそうなんで実名は伏せ)、テーブルの隅で黙黙と「うどん」をすするのに余念がない。その旺盛な食欲には驚嘆、脱帽。

冬季五輪で日本人が勝てない秘密を垣間見ちゃった。スポーツは、つまるところ”体力勝負”だからな。それには食わんとアカン。

結論は、バンクーバーでのメダル獲得数の差が、日本人と韓国人の食欲の差に起因するとする仮説???

これは現地での観察談にもとづくんで説得力が!?。
(ただし、この二人が韓国人全体に普遍化できるかどうかが、この仮説の成否を握るな。これには大方の賛同が得られると踏んどるが……)。

異論、反論をお持ちの方はコメントをどんぞ。



余談だが、キム・ヨナが滑ったフリーの時間帯は、皆テレビの前にくぎ付け!!!!。
訪問先の玄関で大声で呼んでも誰も出て来んかった。

2月26日は、韓国の歴史に「通りから人が消えた日」と銘記されそう。



うどん屋外観
 うどん屋の店構え

陶器を載せた屋根
 付属屋の陶器片を葺いた屋根

うどんの具
 イカの塩辛、白菜、焼き豚肉

うどん
 うどん鍋

韓国の大学卒業式

韓国で大学の卒業式に遭遇


2月25日、光州市(全羅南道の道庁所在)にある朝鮮大学校の博物館を訪ねた折、たまたま卒業式に遭遇。

天候は早朝から雨…。 ひょっとして雨男の庵主のせいかも


韓国では、3月1日に春学期がスタート。日本よりひと月早い。

朝鮮大学校(私立)は4万人の学生数を誇るマンモス大学。光州市街地東郊の丘陵地帯に接して広大なキャンパスがある。

背後に横たわる山の緑と尖った屋根の白亜の五階建ての建物がマッチし、見事に調和した風景を醸し出す。

9時過ぎから、小雨の中、卒業生たちが三々五々会場玄関に到着。

玄関前には、ワゴン車に花束を積み込んだ花屋が出張店開き(このアイデア、日本でも受けるかも;ビジネスネタ!)。

式が始まると、会場の外の廊下に設置された大型スクリーンでも生中継。

大型スクリーンは、卒業生全員、角帽(大学帽)をかぶり黒のガウンをまとった姿で、同じいでたちの学長らしき人物から、ひとりずつ卒業証書を恭しく授与されている光景をアップ。

角帽・黒ガウン姿での荘重な雰囲気のセレモニーで卒業の重みを自覚させるには、なかなかの心にくい演出。

高い学費を4年間払い続けて卒業する割には、日本の大学の卒業式はちとシンプル過ぎはしないか??



聞けば、韓国では日本以上に就職難で、大学新卒の就職率は10パーセントにも満たないらしい。

そのため、公務員志望者が圧倒的に多いという。おのずから倍率は高くなり、就職の門は狭くなっている。

以前に比べて経済成長率は好転しているものの、それが就職面には反映しないのは李明博政権にとってなんとも頭の痛い問題だろう。

高い教育費を払って大学に入れ、その見返りがなければ、教育熱に冷水を掛けるようなものだ。すでに社会問題化しているらしい。

日本も不景気が長引くと、他国事では済まされんぞ。


朝鮮大学校  朝鮮大学校の白亜の建物


卒業式会場入り口  
 卒業式会場の玄関 


卒業式出張花売り1 
 出張販売中の花屋


卒業記念スナップ 
 玄関での記念スナップ撮影状景。

韓国で出会った親切青年

旅は道連れ、世は情け


先だっての訪韓時の心温まる出来事。


2月24日、関空から金浦空港(最近開設)へ到着後、羽田から飛来したN君と合流。一行4名。

ただちに訪問地の全羅南道光州(カンジュ)へのリムジン・バス乗り場を訊ねるためインフォメーションへ。

インフォメーション・デスクのガイド嬢 に訊ねると、きれいな日本語で「ここからカンジュへのバスが出ています。所要時間は1時間半です」との応えが返ってきた(ホーッ)。

そのいっぽうで一抹の不安が。「待てよ、そんな短い時間で到達するわけがない!!」。

それは、ひょっとしてソウル近辺にある「カンジュ」という別の町のことでは???。訊ねた側の発音が正確でなく、勘違いされたものらしい(オイ、オイ)。

そこで、カンジュの地名を漢字で書いて示すと、「漢字は読めない」と(トホホ)。

やおら観光旅行地図を取り出して光州の場所を示すと、インフォメーション嬢もやっと納得(やれやれ)。

次に返ってきた返事が「仁川国際空港からは出てますが、ここ(金浦)からは飛行機しか出ていません」と(フェー、またズッコケそうに)。

目的地とは反対方向で時間がかかる仁川国際空港へは戻りたくない。

残る手立ては、江南(ソウル南郊)の長距離バスターミナルへ出るか、ソウル駅へ出て韓国国有鉄道(KORAIL)で光州へ行くしかない。所要時間が短そうなKTV(韓国版新幹線)を使おう。それならソウル駅だ。


金浦空港の地下鉄ホームで電車を待つ。ソウル行きの方角が分からず(駅名のアルファベット表記はあるが漢字表記なし)、高校生風の2人組の女の子に英語で訊ねても、怪訝そうに首を傾げるだけ。あまりにも英語が流暢過ぎたか???(アハ)

それを見かねて、後ろで電車を待っていた韓国人青年が日本語で声をかけてくれた。

「自分もソウル駅を経由して実家へ帰るところなんで、ソウル駅まで同行してあげます」と(捨てる神あれば、拾う神ありimg src="http://blog-imgs-1.fc2.com/image/i/194.gif" class="emoji" style="border:none;" />)。

聞けば、1年間の日本留学(な、なんと京都の等寺院近くに居住してたとか)を終え、帰省するところだと。

この親切青年と話してたら、突然、隣に座っていた50歳がらみのオバサンが日本語で割り込んできた(この辺りがいかにも韓国)。

聴けば、音楽の先生だという。楽譜の付いているノートをひろげてるんで嘘でもさそうだ。

どこで日本語を習ったのかと訊ねると、カラオケの日本の曲で覚えたという(アチャー)。カラオケは世界に誇る”日本文化”だが、外国人の日本語教育に貢献しとるとは……。外務省、文科省は国際友好の方策を変えたほうがいいんでは……。

途中、地下鉄の路線を乗り換え(エレベーターがないので、重いスーツケースをもって階段を上がるのに心臓が止まりそう;ここんとこは韓国政府に一工夫期待)、龍山駅を通過し、やっとソウル駅に到着。

ソウル駅構内で親切青年がKORAIL(韓国国有鉄道)の光州行きチケット売り場を捜すのに奔走してくれたが見当たらない。

光州方面行きのKTX(韓国版新幹線)、セマウル号(特急)はソウル駅の一つ手前の龍山(ヨンサン)駅から出てるという。青年に礼を述べて別れ、龍山駅まで2台のタクシーに分乗して移動。ソウル駅から一駅なのに渋滞でやたら時間がかかる。

龍山駅で15:55発光州行きの「セマウル号」の指定席乗車券をまとめて購入。ここでも行き先を漢字で示しても通じない(漢字を知らん世代が増えてきとる)。

「KTX」は高速で所要時間が短いが、出発時刻までずいぶん間があり、光州到着時間も遅れるので、セマウル号を選択。光州まで所要4時間の列車の旅。

途中食事する暇もなかったんで、ホームの売店でサンドイッチ、ソーセージ、ゆで卵、飲み物を買い込んで乗車。


光州が終着なので寝こんでも大丈夫。あとは腹に詰め込んでひたすら寝るだけだ、Zzzzzzz。


龍山駅セマウル号  
龍山駅ホーム停車中のセマウル号

龍山駅セマウル号連結部 
 セマウル号の連結、昇降口
















ちらし寿司とお善哉

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円亭ちらし寿司 ちらし寿司

ちらし寿司up お稲荷巻き

お善哉 お善哉

お善哉up 餅のお焦げが香ばしい 

 またまたの食物ネタ



「円亭」の大将と「はま長」店長からの思わぬ贈り物

3月3日、研究室で”せっせ、せっせ”と校正していると、「円亭」の大将から、携帯へ突然「ニーハオ」の電話。

てっきり、店に珍客が見えたんでお誘いの電話かと思いきや、「ちらし寿司をつくったんで、これから持参」すっと(オヨ、オヨ)!!!。

持参とは、はなはだ心苦しく、こちらから出向くことに相成り、定休日で暖簾の掛ってない玄関先に出てきた女将はんから拝受。慇懃にお礼を申し述べて退散。

校正を手伝ってくれたH夫妻と「おもの里」への道すがら「なんで今日、寿司が?」と独り考えあぐねてると、ハッと「今日は雛祭り」に思い当たる。

ここ数日ネコの手も借りたい多忙さに追われ、うっかり忘れとった。アカン、アカン(「忙すれば、忘する」;;庵主造語)。

和風レストラン「おもの里」で開くbわけにもいかず、そのまま草庵に持ち帰り。

翌朝、期待に胸ときめかせながら、おどろおどろしく包みを開くと、賑々(にぎにぎ)しくもあでやかな具が目に飛び込む(ガーン)。

具に埋没した下を見やると、ム、ム、お稲荷さんに包まれた「ちらし寿司」6個が仲良く鎮座。

美味しい赤飯に、具は薄味漬けのキュウリ、ニンジン、卵焼きの千切り、煮椎茸、つなぎのマグロ・フレーク(思わず習慣になったデジカメを取り出しショット;もう病みつき)。

とりあえず2個だけ口にして、残りはお昼の弁当に。

前々日、韓国土産の「海苔」(日本酒に次ぐ女将の大好物!!)をプレゼントしたお返しか……。

朝・昼の2食分、近来にない超豪華な「ちらし寿司」で浮いちゃった。




お次は、「お善哉」の話


校正を手伝ってくれた学生達向けに「たこ焼」5パックと「大判焼き」10個注文したら、贔屓のたこ焼兼大判焼き屋「はま長」の店長から、大判焼きに使っとる特製「あんこ」を仰山もらっちゃった(ウキ、ウキ)。

かねて店長に「お善哉」の話でカマをかけていたのが、ついに奏功(ウシシ)。

家に帰って、切り餅を網焼きして焦げ目をつかせたものを、あんこを水で2倍に薄めて温めた鍋にポチャン。

上質の小豆粒が残るあんこ汁と香ばしい餅のお焦げが、かすかに立ち昇る湯気とマッチし、あとは……(常世)。




日ごろの交誼と友情(?)が、庵主をひとときの常世に導いた話どした。教訓;もつべきは真の朋。






テーマ : ヽ(゚∀゚)ノいえ-い☆
ジャンル : 日記

寒い時にはこれが一番

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チリ鍋 チリ鍋

大田チリ鍋店箸紙 フグ料理店の箸紙

ティッシュ フグ料理店のティッシュ

扶余蒲焼 扶余の蒲焼

 韓国魚料理編

寒い季節の訪韓とあって身構えて出かけたら、雨また雨。

訪問先の天候異変につきまとわれるジンクスがまたもや……。今回はまたまた雨男になり果ててもた(涙)

昼間の作業を終え、大田市のフグ専門料理店へ突入し、チリ鍋を注文。

寒い時には、これに限る。トラフグの分厚い切り身を芹と一緒にジュラルミン製の鍋に入れて煮るだけ。韓国料理につきものの恐怖(!?)のトウガラシはかけらも見えず、出しはあくまでもシンプル。この料理は、おそらく日本人が植民地時代に扶植したもんだろう。

煮たぎるのを待つ間、目をもてあましていると、フグをあしらったデザインの箸紙が目に留まる。

マリンブルー色で印刷したフグと波紋の取り合わせ、その下の梅花枝紋が、なんともいえず垢抜けしておる。

5人でたらふく食べて、ビール4本取って、ひとりあたり僅か2000円強!!。京都で食べたら一人前最低1万円を下らない。 韓国料理では超おススメ。

万一、フグ毒にあたったら常世(or 地獄?)へ直行(ワナワナ)。そのため、フグは「鉄砲」の異名も。

命と引き換えにフグを口にした先駆者は縄文人。その証拠に東京湾付近の貝塚からフグの骨が出てくっから。

犠牲になった名も知れぬ縄文人たちの冥福を祈らねば(ナムアミダブツ、アーメン)。



扶余の町では、老朋友の国立伝統文化学校の総長先生のご案内で高級ウナギ料理専門店へ。

一皿が一人前。かば焼きの上にニンニクが載ってるのは韓国風アレンジ。タレの味付けは、いくぶん薄味ぎみ。
ウナギは中型で、黄海沿岸で獲れたものらしい。




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