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相国寺のハス池再訪

塾生の皆さまほか、お待たせしました。 

久しぶりのブログ・アップ。 先週は学会(於東京)発表の準備に追われておりやした。

梅雨の合間を縫って、10日前に訪れた相国寺の鉢植えの「ハスの花」の満開を期待して再訪(リベンジ)。

「今日こそは百花繚乱を目にせん!!」と勇んで、昼から出かけたものの……。

 「ム、ム、ム???……」。 アイヤー、百花繚乱にはほど遠し。

総門の詰所にいるガードマンにハスの開花状況を訊ねたら、「ハスの花を見物するなら、午前中に来なくては!」と。 真っこと、仰せの通り。

ウッ、ウ、ウ、肝心なことを忘れとった(トホホ)。 そう言やぁ、去年、「円亭」の女将から教えてもらったのを忘れとった(アチャ)。

吾としたことが、何たることか!。

エエイッ、それでも「受領は倒るるところ、土をもつかむ」の根性(?)で、カメラを片手にターゲットを物色。

池の周囲を見わたすと、前回よりも蕾と開花した花の数は確かに増えとる。ここぞ腕の見せどころ!(少し気張り過ぎか)。

ここんとこは、はやる心を抑え、カメラのブレを抑えなくっちゃ。



▼相国寺総門

門の奥に庫裡が見える。この門は、庫裡に至る通用門としてつくられたんだろう。 屋根を支える脚の数が「勅使門」と異なる。

(クリックすっと、画像が拡大)
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▼勅使門

山門の西側にひっそりと建つ。伽藍配置の中心軸線上に位置し、こっちが本来の正門にあたる。

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▼「天界橋」と名付けられた石橋

「常世」の国にでも行けそうな橋名。花崗岩の切り石で造られ、緩やかな弧をえがく、いかにも頑丈そうな橋。

応仁の乱の際、この石橋のうえで東軍と西軍の戦端が切って落とされたという。

学生時代には、橋の上を歩けたけど…。

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▼池の周りに置かれたハス鉢群。池の底にも沈められている。

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▼ハスの蕾

ハスは、もともとインドや中国南部、東南アジアの熱帯池沼に自生する多年生水草。

仏教では「蓮華」とよばれ、釈迦像の台座にこの花がよく使われる。 不浄の池に育ちながらも、孤高の美しさを保つことから、不浄にも染まらず清純な心を保つものとしてシンボル化されるとともに、「極楽浄土」を象徴する花とされた。
釈迦が誕生したとき、蓮華の上に立ち「天上天下唯我独尊」と言った説話はあまりにも有名。

ハスは、漢名「蓮」。日本では、『古事記』『日本書紀』『風土記』『万葉集』に現われ、「蓮」「荷」「蜂巣」と表現され、いずれも「はちす」と読ませる。
「はちす」の読みは、花托に文字通り「蜂巣(はちのす)」状に実をつけることに由来するものであろう。

『肥前国風土記』には「高来の郡の土歯(ひじは)の池に荷(はちす)が生え、秋七、八月になると根が美味くなり、九月には香りと味が変わり、用いるべからず」と記す。 蓮根を奈良時代から食用に充てたことが知られる。

ハスの実は、強壮剤、利尿、通経剤に用いられ、葉は解熱、利尿、止血などに使用される。

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▼ハスの蕾群

先端が尖ったハスの蕾。先端に行くにつれピンク色に変化。左側に蓮子をつける花托が一つ見える。

写真見てると、ハスの背後に釈迦の顔が見えてきそう。

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▼紅色のハスの花と蕾

ウワァオー!!。 紅色の蕾のプロポーションがなんともいえず優雅。 そういえば、香炉の形にも採り入れたのを見たことがある。

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▼白いハスの花

昼間になって花弁が閉じたかな? 先端がほんのりピンク色に染まり、なんとも高貴な雰囲気を漂わせる。

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▼満開のハスの花

花が開き過ぎかな。ややミルキー・ホワイトがかった花弁が陽に映える。

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▼スイレン(睡蓮)の花

スイレンは、もともと熱帯の池沼に分布する多年生の水草で、約50種ほど知られる。

古代エジプトでは、生命と生産力の象徴とみなし、エジプト・スイレンの花をミイラに飾り、出航する船に航海の安全をこめて捧げた。 神殿などにスイレンの花を図案化した柱頭を見る。

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▼木立の中に溶け込んだ法堂(はっとう)

現存する建物の中では最も古い建築物。 桃山時代の再建。 石段がつけられた一段高いところは仏殿跡の基壇。

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テーマ : 日々のつれづれ
ジャンル : 日記

相国寺のアジサイ

6月19日、梅雨の合間を縫って、「蓮の花」目当てに相国寺を訪ね、当てが外れて境内を散策。

今回は、これまでになく激写カットをアップ(大サービス)!!!


東山通りでタクシーを拾い、行き先を「しょうこくじ(相国寺)」と告げると、数秒の沈黙の後、「どこでっか?」と返して来た。

はてな?、京都のタクシー運転手に通じないとは……!?。 こんなことって、たしか以前にもあったな。

次に、「そうこくじ」と言うたら通じよった。案の定。

この運転手、歳の頃30前。聞けば生まれは京都だという。勤めていた会社が倒産し、ひと月ほど前からタクシーに乗っとるんで地名がよくわからんと釈明。

会社の倒産とは関係ないと思うが、京都育ちで京都の名刹の読み方を知らんとは、先々恥をかくのは必至。

で、「相国寺」は「しょうこくじ」と発音すんだ。「相国(しょうこく)」とは国の宰相、いまでいう首相の
ようなもんだ。この寺を創建した足利義満がその任にあったので、そう名を付けたんだろう、と返した。

降りしなに、「タクシー代をもらったうえ、勉強までさせてもらい、有難うございました」と慇懃に礼を言う。

いまどき、実直で礼儀正しい青年だ。こんな挨拶もできん学生が増えとるなかで、こころなしか爽快な気分に!。




相国寺の総門前で下車し、境内へ。

よく手入れされたアカマツ、クロマツ、植え込みの疎林の中に堂宇の基壇がよく保存されている。

春・秋の特別拝観の端境期のため、境内は閑静そのもの。ネコの子一匹おらん。

学生時代には、夏ともなると池水、樹陰に涼をもとめてよく訪れた場所。ここに来っと、なぜか安らぎに似たものを覚えるな(シミジミ)。



【相国寺の沿革】
相国寺は足利義満が、1392年、室町御所(花の御所)の東隣に建てた禅宗の名刹。臨済宗相国寺派大本山。完成までに10年の歳月をかけた。山号を萬年山(万年山)、寺号を相国承天禅寺。正式名称を萬年相国承天禅寺と称す。無窓疎石を開祖とする。京都五山の第2位の格式をもち、のち第1位となる。
応仁の乱をはじめ、戦火などによりたびたび被災し、創建当時の建物は皆無。現存する堂宇は江戸時代以降の再建になる。
諸堂宇(伽藍)は、南北軸線上に配置され、中国禅寺の制を踏襲。禅宗寺院を統括する僧禄司が置かれた。室町時代から江戸時代初めにかけ、春屋妙葩、西笑承兌、絶海中津、瑞渓周鳳など数々の名僧・学僧・画僧を輩出し、「五山文学」の一翼を担った。鹿苑院(塔頭)蔭涼軒の当主が記した公用日記『蔭涼軒日録』は当時の情勢を知る上での重要史料。また瑞渓周鳳が著わした『善隣国宝記』は、古代からの外交交渉史を概観し、1398年~1486年間の外交文書を収録。




▼総門をくぐって境内・庫裡をショット

ひとっ子ひとり見当たらない境内!。写真のクロマツやアカマツから、手入れのほどがしれる。 京都の名所、寺院を参観するには、梅雨シーズンの平日が人が少なくていい。
写真の右手に鐘楼、宗旦稲荷神社がある。

(クリックすると画像が拡大)
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▼石橋のかかる池に咲く蓮の花

今回の散策の目玉は、数十種の蓮が植えられた蓮池の花。 まだ固い蕾、蕾、また蕾……。

花を咲かせているのはわずか2~3株のみ!!。 来んのが、ちと早すぎたか(アチャ)。 

それでも、水面から首だけ出して咲いとる鮮やかな紅色の水蓮の花。

学生時代には、石橋の上を渡れたのが、池の周囲に高いフェンスが張りめぐらされ、撮影には邪魔だ。一辺5センチほどの網の目に300mmズームレンズを差し込んで激写。

開花の数が少なく、満足感には程遠い。 エエィ、もう一度出直すとすっか。

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▼法堂

現存する建物の中では、最大の堂宇。禅の世界を体現するような重厚な造りだ。アカマツの疎林と見事にマッチ。

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▼庫裡(寺院の台所にあたる建物)

白い漆喰の壁と黒い梁・桁柱が独特の雰囲気を醸し出し、しばらく見続けていても飽きない。 これは、大工による芸術作品だ。
棟の上には巨大な鬼瓦があたりを睥睨する。
中央の引き戸が出入り口。左下に唐破風を左右に配した唐門は、高貴な身分の人の出入りに使われた玄関。

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▼庫裡の棟にあげられた鬼瓦

棟端を飾る巨大な鬼瓦。「風」の字状の外縁に珠文を配し、大きく口を開けた割には、小さくかわいい目をもつ。
このへんのアンバランスが面白い。
全体に平板な造りを見せ、室町期の立体的な造作とは異なり、江戸期になってからの作風。

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▼庫裡屋根の降り棟の先端にあげられた唐獅子

躍動感あふれる唐獅子の姿態。宙に蹴りあげた後脚が欠けているのは落雷によるか。なかなかの傑作だ。
火焔・渦巻き状の尾の表現が、狩野永徳の「唐獅子図屏風」に描かれた獅子のそれに似ている。
軒丸瓦の瓦当には、間延びした珠文に囲まれた内側に「萬年山」の山号が見える。

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▼鐘楼前の苔

夜来の雨で、しっとり水を含んだ杉苔のグリーンが一段と鮮やか。まるで緑の絨毯。

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▼鐘楼

凝った造りの鐘楼だ。深い軒先を支える輻輳した「斗組(ますぐみ)」が重厚さを添える。白壁の帯、羽目板で覆われた裾部の傾斜角が美しい。

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▼鐘楼前のアジサイ

三種のアジサイが近接して植えられ、まるでアジサイの花の競演。境内広しといえど、アジサイが見れるのはここだけ。

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▼ガクアジサイ(額紫陽花)

梅雨の季節の花の女王は、なんといってもアジサイ。白い装飾花が周囲を額縁のように取り巻く。
アジサイは、『万葉集』にも2首詠われ、古くから日本人に親しまれた。

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▼ガクアジサイ

まばらな両性花のまわりにつく装飾花(中性花)の花茎がやたら長く、また装飾花の花弁がやたら多い。

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▼ガクアジサイ

こっちは、両性花のまわりにつく青紫の大きな装飾花(中性花)が周囲を額縁のように取り巻く。

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▼アジサイ

純白の花が清楚感を漂わせる。花弁をよく観察すると、微かに淡いピンクがかっている。

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▼テッポウユリ(鉄砲百合)の花

清楚さと優雅さをたたえたユリの花。横向きに咲いた白い花弁が外側に大きく反りかえる。黄色の雄しべがアクセントをつける。この種のユリ根は食用にされ美味。ユリ根を食べるとお産が楽になるとの伝えも。

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▼タチアオイ(シャクヤクの花を訂正)

「円亭」の女将の教示で訂正。濃紅色の八重の花弁、蕾をつける。ヨーロッパでは濃紅色の花はワインの色づけに使用し、根や葉は薬用にも使われたという(『花歳時記大百科』)。

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▼経蔵

19世紀の建立。高麗版一切経(大蔵経)を収める。
荒々しい野面積みの石垣、庭の苔、二層の建物、バックの杉林の取り合わせが面白い。

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テーマ : 日々のつれづれ
ジャンル : 日記

梅雨真最中

昨日一日中降ってた雨が朝までのこる。 なんとも鬱陶しい梅雨じゃわい。

シト、シト、ジメ、ジメ、ジメ……n。 まるで水の中にいるようなもの。 不快指数もうなぎ上り。

ボブ・ディランじゃないけど、風に吹かれてどっか梅雨のない土地に行きたいもの。



近くの馴染みの古本屋のオヤジでも冷やかしに行っか。

そこで、よもやま話をひとくさり。 オヤジ、「最近の学生は、本も売りに来よらん」と。 

すかさず、「1500円をこえる本は買わんし、金はほかんとこに消えよる」と応酬。

本棚の下のグラビア本コーナーに目を遣ると、『草木花 歳時記<秋>』(朝日新聞社)の背文字が。

にわか(!?)植物愛好家の庵主にとっては、こりゃ目を反らせん。 手にとってパラパラめくる。

<秋>編にしては、キキョウ(桔梗)、ナツグミ、アサガオ、ホウセンカなど夏の草木も収録するなど、ちと変わっとる。

とりわけ美しい桔梗とセンノウ(仙翁)のカラー写真が気に入った。 おまけに、花木にまつわる短歌がたくさんのっとる。

定価3800円のとこを1800円の売り値。オヤジに「1500円にしとき」。

オヤジ、「ようがす」。タバコ1箱分浮かせたな。ちと、せこかったかな(アハ)。


路地を抜けようとして、道端の叢に目をやると、紫色の小さな花をつけたスミレ科の小さく可憐な花がクローバーの葉蔭に!!!。

格好のショット・チャンスだ。


▼スミレ科の花

花茎が土の中から10cmほど延び、その先端に花が。葉は付けとらん。

(画像をクリックすっと、拡大しやす)
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▼同上アップ

花のサイズはクローバーの葉と比べられたし!!

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▼路地のナンテンの木も花盛り

ついでにショット。裏庭の木よりも花を仰山つけとる。


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▼ホタルブクロの花

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ナンテンの花

梅雨の合間の快晴。 雨の予報は大はずれ。

日中の最高気温32℃と予報。 今年に入って最高気温のレコードを軽く更新。
 
屋外の体感気温は、ゆうに34~35℃もあろうか。


草庵の裏庭のグミの実も残すところわずか。それにしても、今年は豊作だったわい。5回は収穫したかな。

グミの木の下にはユキノシタがまだ花をつけとる。開花期が意外と長い植物じゃわい。



グミの季節が終わり、4株あるナンテンの古木(1/17の本ブログ記事参照)が、日陰に小さく可憐な白い蕾を一斉につける。

蕾は、米粒大の先が尖ったシイの実状。 身部の断面は六角形。

開花した花には、黄色く先の尖った雄しべが6本。 これはミクロの世界。 

マイクロレンズで撮影し、パソコン画面で観賞するに如かず。

早速、Nikon一眼レフカメラを引っ張り出し、マイクロレンズに付け換え、激写また激写。

足元には「やぶ蚊」も出現。

花好きの方々、ミクロの世界をとくと観賞されたし。


▼ナンテンの蕾

被写界深度が深く、全体にピントを合わせるのは至難。

(クリックすると画像が拡大)
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▼ナンテンの蕾のUp

黄色い角のような雄しべがよく見える。

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▼ドクダミの花のアップ

これだけアップしたら、タワーのように高く突出した雌しべがよう見える。

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▼ホタルブクロの白い花

路地裏でピンクの花に数日遅れて開花。 昨年も見た白い花だ。 心配したが、健在だったか。ヤレヤレ。

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妻木晩田遺跡

12日の昼前、真夏日の焼けるような出雲空港のエプロンに降り立つ。

出雲は、いま妖怪ブームたけなわ。土産物屋には妖怪グッズが氾濫。NHK朝ドラの効果は抜群。

市民の方々が自主運営する考古学・古代史の入門講座「むきばんだやよい塾」(鳥取県米子市の「むきばんだ応援団」主宰)の講師に招かれ出張講演(汗、汗)。

「むきばんだ応援団」は妻木晩田遺跡の啓蒙と保護、自然観察を主とした「むきばんだを歩く会」を主宰するほか、講演会、シンポジウム、コンサートなど多彩な活動を展開する、じつにユニークな団体。

この応援団、国指定史跡「妻木晩田遺跡」の保存運動とともに結成され、すでに10年以上の歴史をもつ老舗でエネルギッシュな市民団体だ。

演題は「出雲における前期旧石器の発見」。いまホットな話題と出雲にも近い地元ということもあってか、関心は高く会場は満席に。

講演時間をオーバー(サービスが過ぎたかな!?)しても、会場を去るひとがひとりもいない。おまけにいい質問の連発で関心とレベルの高さがうかがえる。

会を支える幹事の方々と楽しい会話を交えた夕食の後、2次会は飲食街の一角にあるしっとりしたバー「ピアノ」でカラオケ大会。このバーは内外の考古学者連がたびたび訪れ、スナップ写真のアルバムが数冊のこされている。いまや鬼籍に入っている著名人のリラックスした姿もしっかり写っとる(差し障りもありそうなんで、名前は伏せるけど)。

ついつい興に入り過ぎ、宿にたどり着いたのは日が変わる直前(オヨ、オヨ)。




翌13日、小雨の降りしきる中、やよい塾実行委員会の佐古和枝委員長の案内で、妻木晩田遺跡を訪ねる。

庵主としては、恥ずかしながら今回が初めての遅ればせながらの訪問となった。

米子駅前から、高速道を経て30分弱で到着。

旧淀江町(米子市に合併)の背後の丘陵上にある弥生後期の大集落群。説明には「国邑」とある。『魏志』倭人伝に出てくる言葉だ。さりげなくこの言葉を使うところにセンスを感じさせる。

出土資料にあっては、西日本でもトップレベルの出土量を誇る鉄器類は、とりわけ注目される。
しかし、その素材をどうやって入手したかは謎である。

遺跡上の一角に出土遺物、ジオラマ、保存運動の経緯をパネル展示した「弥生の館」「研究棟」「多目的広場」(鳥取県教育委員会)がある。

また自然も豊かで、四季折々の植物がじつに豊富!!。

植物には簡潔な説明のラベルが付けられ、植物好きの庵主には常世にもおもえたな。

遺跡見学と自然観察を兼ねた散策にもってこいの場所。

保存された遺跡の活用のノウハウを探る市民運動と、保存遺跡のありようを考えさせてくれる2日間であった。

「むきばんだ応援団」の皆さん、これからもたんとお気張りやす。遠くからエールを送りやす。



▼JR安来駅で見かけた看板。

 アレ、レ??、ゲゲゲの女房さんの故郷は、安来だったんかいな。

(クリックすると画像が拡大)
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▼妻木晩田遺跡の入り口に立つ案内板

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▼四隅突出墳墓域に隣接した土葺き屋根の竪穴住居

雨で一段と薄緑のグリーンを増した芝生、古さびた藁葺き屋根の復元家屋、深緑の樹叢が見事にマッチし、絵になる風景。

訪ねたときは、カラスが数羽、芝の上でたむろしとった。 手前の竪穴住居は、屋根に土をかぶせた一風変わった住居を復原したもの。

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▼骨組みの観察ができる復元竪穴住居

屋根を葺いた竪穴住居はありきたりだが、建物の骨組みがわかるように配慮されたという。このあたりのひねりが心にくい。

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▼復元された高床建物群

ゆるやかな丘陵の尾根に立つ。赤い地肌が、なんとなく南国を連想させる。

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▼淀江の町と夜見ケ浜

淀江というところは、九州にしかない古墳時代の石馬があったり、白鳳時代の不思議な伽藍配置をもつ上淀廃寺があったり、山陰でも一風変わった土地柄。

妻木晩田遺跡からは、「出雲の国引き神話」で有名な島根半島や綱にたとえられた夜見ケ浜が一望のもとにでき、天気のいい日には隠岐の島まで視認できるという。あいにく今日は雨に煙って見えず残念。

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▼大小の四隅突出墳が密集する地区

四隅突出墳は、小は一辺が2m弱のものから、大は一辺が10m程のものまでとりどり。ここは墓域だ。

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▼ネズミモチの花

小さな純白の花が密集。 近寄ると芳香が漂う。 この実から造った果実酒は若返りの薬効があるとか。

こりゃ、常世願望の庵主の仙薬だ。 オ、オー、始皇帝じゃないけど、なにがなんでも実を手に入れねば…。

待てよ、若返り過ぎて、逆に死期を早めることにも……(アハ)。

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▼アオモジの実

先が尖った長い葉が特徴的。 雨滴を残し、青い実と青々とした若葉の色彩がなんと瑞々しいことか。

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米子を訪ねられる方には、おススメのスポット。白鳳時代の彩色壁画片が見つかった「上淀廃寺」も近くに。

京田辺校地の野花

梅雨入り前の晴れ間が続く。日昼は30℃を超える日が続くものの 湿度が低く、爽快。

頭の天辺が薄くなったせいか、刺すような直射日光がやたら応えるわい(アハ)。

愛用の夏用ハンチング帽(ピエール・カルダン)が離せん。



6月に入り、春の野花も5月で見納めかと思いきや、なんのその!。

周1回訪れる京田辺キャンパスは、花畑!!。 伸びた雑草の間に色とりどりの野草の花が。

なかには花弁が小さく、うっかり見過ごしそうな花も。その気で捜さんと気づかないほど。



▼長く伸びた雑草の叢に黄色い小さな花をつけたキク科の植物。
 
(クリックすると画像が拡大)
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▼一輪だけ開花したヒルガオ。 

植栽の枯れ枝に蔓を絡ませる。 淡いピンク色の花弁が叢にひときわ浮き立つ。

花は朝咲いて午後にしぼむ1日花。 和名は「昼顔」「旋顔」「鼓子花」。


『万葉集』には4首詠まれ、「容花(かほばな)」「貌花(かほばな)」とある。そのうちの一首。

 「高円(たかまど)の野辺の容花おもかげに見えつつ妹は忘れかねつも」(大友家持 巻八ー1630)

なかなか意味深な歌じゃわい。


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▼コマツヨイグサ? 

帰化植物。 マツヨイグサ(待宵草)の一種。 写真は、花が咲き切らず、葉が交互に生え(互生)、茎が伏せるアメリカ原産のコマツヨイグサか。

花言葉は、「ほのかな恋」。 どこから、このイメージが…。

全草が食用となり、若芽、花を甘酢あえ、三杯酢、天麩羅など山菜として利用。

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▼叢(草むら)に目を凝らすと、スミレに似た径1cm弱の花が2輪。 花名不明。 今日見た花では最高に美しい。

背丈10cmにも満たない6弁花。 蓮弁形の葉先が尖り、黄、紫、白の取り合わせがなんとも言えん。 

清楚で、気品さえ漂わせる。 

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路地裏のホタルブクロ

朝、草庵の路地に出ると、薄紫の花をつけたホタルブクロの花が満開。

花の名は、円亭の女将に教えてもろた(オヨオヨ)。なにしろ花に関しては、生き字引じゃから(アハ)。

数日前まで見かけなかった花が一斉に開花!!!  これだけ花をつけると壮観じゃわい。


長さ2~3cmの、釣り鐘を思わせる花が花茎に等間隔に幾つもぶら下がっとる。

陽が高くなると、薄い花弁が萎びたようになる。


名前がまた奇抜。筒状の花のなかにホタルを収める発想がおもしろい。 想像力豊かなご仁が、この優雅な花名を付けたんかも。

花弁が超薄いんで、ホタルの光が外から透けて見えるかも。実験してみっかな。

疏水にでも行って、ホタルさんを捕獲すっか。 


たしか、去年は白い花をつけていたような……???。


賑々しい花を踏みつけないように、抜き足で路地を通り抜けよっと。


(クリックすると、画像が拡大)
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屋根の上のネコ

アレ、レ、レ!?。

通りに出ると、おばぁちゃんちの門の屋根上に何か白いもんが……。

近づいて見っと、白と黒の毛のネコ。 ネコ相は、丸顔で器量はマア、マアか。 目の色が妙に青い。


この五月に三匹の仔猫(5/29アップ記事参照)を産んだ親猫じゃわい。

仔猫の写真を撮ったときは、仔猫が気になるのか、落ち着かず周りをウロウロしとった。

今日は高いところに身を置いているんで、安全と思ったのか、近いづいても逃げん。

悠然としたもんだ。

すかさず、カバンからデジカメを取り出しショット。


(クリックすると、画像が拡大)
屋根の上のネコ


すまし顔


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35年ぶりの再会

6月2日のできごと。

昼前、研究室に着くや否や、アルバイトの子から「●●さんから電話がありましたが、ご存知の方?」と。

男性の声で、「いま京田辺にいて、また電話する」との伝言。フム、フム??。

●●という姓の男性で記憶があるのは、ただ一人だけ。



暫く経って、取り次ぎの電話のベルがけたたましく鳴る。

受話器をとると、「●●です。私がわかりますか」と、落ち着きながらも少し上ずったような声が聞こえてきた。

すかさず、「よく覚えてるよ」と返答。 すると、「これから、是非会いにうかがいたいのですが」と。

二つ返事で、快諾。



1時間半ほど経って、私の研究室に現われる。

顔を合わせるなり相好を崩し、満面の笑みで35年ぶりの再会を喜ぶ。

頭には白髪が目立ち、横幅が広くなった印象を与えるが、学生時代の面影を残す。

聞けば、久留米に居を構え、本学のスポーツ健康科学部に今年入学した息子の父母会で上洛したとのこと。

大学を卒業してからの半生、家族のこと、病気をし定年退職前に教職を辞したこと、さらには学生時代の生活や京都の想い出、40年前に一緒に福岡県小郡市で発掘したときの懐かしい話と友人の消息など、話しが弾み、あっという間に半日が過ぎてしまう。

息子から携帯にたびたび電話が入る。一人っ子の息子と四条界隈で、久しぶりに父子水入らずの夕食を摂るとのこと。昔と変わらない優しさが会話の端々に感じ取れる。

次の再会と健康を祈り、ねんごろに辞去の挨拶をかわし、別れを惜しむ。

あいにく、こちらも夕食の先約があって、付き合えないのが心残りだ。



昨秋から、20数年ぶりの再会、40数年ぶりの再会、今日また35年ぶりの再会と奇跡がつづく。

これまでの人生で起こったことのない不思議な再会が、こうも立て続けに起こるとは…。

人生とは、じつに不可思議なもの。

ひょっとして、引き合わせてくれる神さんがついとるんでは!!!。
 
次は誰と会えるんか、これまた楽しみじゃわい。  ひとの運命は神様だけが…。



▼大学七不思議の石牛 
 
P5290019_convert_20100529222148.jpg

クラーク館前の石牛。この前を通ると、なんとなく庵主の心を騒がせるような気が…。

ひょっとしたら、この牛さんが…。

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