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春はすぐそこまで

昨日から、またまた寒さがぶり返し、わが草庵の屋根に降雪を見た。

明けて今日26日は「比良八講(ひらはっこう)」。

「比良八講」とは、琵琶湖で水難に遭って亡くなった人の霊を慰めるために僧がお経をあげて供養する法会。琵琶湖西岸にある比良明神(白髭神社)で陰暦2月24日から4日間おこなった法華八講をいう。

今日の昼のニュースで、雪が降りしきる大津の街で読経する僧侶の一団が放映されていた。

京都や大津では、「比良八講」の頃に琵琶湖周辺で吹き荒れる寒風(「比良八荒」)で、これが終わらないと本格的な春は訪れないという。

水難者の霊が破天荒を呼び寄せるのか???

案の定、今年も雪を伴う破天荒の「比良の八講」となった。



今出川通りを通ると、冷泉家の桜(ソメイヨシノ)が開花し始めていた。

二分~三分咲きというところか。ピンク色の大きな蕾も艶やかだ。

冷泉邸東門の脇に1本だけ植えられたこの桜は、毎年、京洛の桜の開花の先駆けをつとめる。

春はもうすぐそこまで来とるか…。

春よ来い♪、早く来い♪。駆け足で来たれ。日本中が待っとるぞ!!。



▼今出川通りに面した冷泉家の早咲き桜。右下は同志社大学有終館。

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▼冷泉家の早咲き桜アップ。なんだかワクワクした気分にさせる。

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ひたすら春の訪れを待つ寒がり屋の庵主
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テーマ : 今日の出来事。
ジャンル : 日記

岩国錦帯橋

16日午後、宮島口から岩国へ。在来線で30分ほどの距離だ。

目指すは日本三名橋の一つである錦帯橋(きんたいきょう)。美しい響きの橋名だ。

1673年に3代藩主吉川広嘉によって造営されたと伝える。

錦帯橋に到着すると、川幅200mもあるこの川は風の通り口になっていて寒風が身を切る。ときおり白いものが天から舞い降りてくる。

雪雲の間を縫って青空が垣間見えるなど、なんともせわしい天気だ。

河原に降りると構えたカメラが風でブレてままならない。シャッタースピードを速めて対応。



岩国は毛利氏の一族、吉川氏6万石の城下町。安芸国に隣接し、幕末の長州征伐の折は安芸口の最前線となった。

市街地のはずれの山稜に復原された岩国城が遠望される。これは中世の山城そのものだ。


5年ほど前に中国福建省泉州という町で、宋・元代に架けられた石橋を見たが、その橋脚構造に興味を抱いた。

その工法が日本に影響を与えた可能性を探っていたが、これまで確かな事例に接しなかった。

そうした意味で、錦帯橋は一度はこの目で見たい橋のひとつだった。



▼下流側から見た錦帯橋。山稜上に岩国城の天守閣が。

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▼岩国城。300ミリズームで目いっぱい撮影。

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▼錦帯橋の構造図。丁寧な案内板だ。複雑極まりない構造で、当時の最高の架橋技術が実感できる。

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▼橋脚アバッド部の構造。

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▼アバッド部の構造。

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▼下から見上げた錦帯橋。湾曲の強いアーチ形にするために複雑な構造をもつ。

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▼切り石造りの橋脚(上流側から撮影)。強い水流から橋脚が流されないように船の舳先のように鋭く尖っている。水の抵抗を最小限に抑える工夫だ。これと同じ施工法は、泉州の石橋にも。

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▼上流側。橋脚の周囲には巨大な石を敷き詰め橋脚の土台を補強している。

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17時、3日間の駆け足での瀬戸内史跡巡りの旅を終え、寒さから逃げるように新岩国駅に出て新幹線で帰洛。

それにしても書物の上だけでは得られない新たな発見があった旅であった。「百聞は一見に如かず」。


疲労困憊気味の庵主

厳島神社へ

15日午後、尾道から在来線で宮島へ。

フェリーで宮島へ着くと薄暮が迫り、そのままホテルへ直行。

翌16日は朝から小雪が舞う中、厳島神社へ。石造りの鳥居をくぐると、鹿が一頭近づいてきた。

宮島口の背後の山頂はうっすら雪化粧し、海峡を越えて雪雲が波状的に襲来する。


安芸国の一宮であり、日本三景の一つ厳島神社(世界遺産)は、市杵島姫命(イチキシマヒメノミコト)をはじめとする宗像三女神を祀り、とりわけ平清盛を筆頭とする平家一門の崇敬を集めた。

宗像三女神は航海の守護神として知られる。平家がこの神社の規模を拡充・整備したのは、日宋貿易と深く関わるものである。大輪田泊(神戸)の築港、音戸瀬戸の開鑿は瀬戸内航路の整備という現実的政策によったものであるが、厳島神社の整備はそれと表裏一体をなすものであった。

この神社の神体は、背後に横たわる弥山とよばれる山体とされ、干潟の上に立つ社殿は拝殿としての性格をもったものらしい。島全体を神体とする宗像神社(福岡県)の沖ノ島の沖津宮と共通する性格を見せる。

海中に立てられた鳥居の位置からすれば、本来、海上から拝む形式の神社だったのだろう。これを傍証するように、鳥居には宮島口側と社殿側に2つ扁額が掛けられている。


「平家納経」は、平家一族の繁栄と極楽往生を祈願し、清盛の願文をはじめ一門が一品一巻を分担書写し、各巻とも異なった意匠を凝らし豪華極まりない。唐櫃、経箱とも合わせて国宝に指定。納経・経箱の複製を宝物館に展示する。平家の栄華をいまにとどめる遺品(美術工芸品)としてはほぼ唯一のものである。


戦国時代、大内義隆に謀反し自殺に追い込んだ陶晴賢の軍を毛利元就が破った厳島の戦い(1555)の地として有名。元就は、この戦いによって中国地方の覇権を握り、戦国大名としての地歩を築いた。


平家滅亡後も社殿・社領は維持され、大内氏、毛利氏によって手厚く保護され現在に至った。これは奇跡と言えるものだ。




▼吹雪の厳島神社。砂地の干潟に打ち寄せる波も静かだ。背後の弥山は雪にけぶる。詩にもなりそうな場景だ。

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▼神鹿。やけに馴れ馴れしい。油断するとポケットの中まで口を。

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▼海水が引いた回廊。社殿は海峡に面した北向きの入り江に立てられている。現地に赴いて初めてわかった。

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▼大きな青銅の狛犬。いかめしい顔つきだ。頭頂の角と髭が特徴的だ。

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▼巨大な青銅製灯籠。風格があり、籠部に社紋が透かし彫りされている。

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▼真新らしそうな五重塔。神宮寺の名残り。

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▼神灯。六角形の中に花弁を配したものを三つ組み合わせたデザインが奇抜だ。

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▼能舞台(重文)。満潮になると、海に浮かぶ。薪能を見たいもんだ。

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▼ピンクの花を付けた紅梅。

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▼海水が引いた社殿。干上がった海底を観光客が遊歩。こんなシーンも珍しい。大潮の時期ならではの光景。

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▼海中に立つ朱鳥居。主柱はクスノキの大木から造られている。干潟からここまでアプローチした写真も珍しい。

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テーマ : 日々のつれづれ
ジャンル : 日記

尾道へ

鞆の浦から福山へ戻り、在来線を使って尾道へ。

10年ほど前、一度訪れたことがある。

狭い水道に面し、山の斜面に張り付いた、坂の多い街だ。


目指すは浄土寺。対潮楼につづき、ソフトバンクの白犬のカイ君のあとを追う旅になってもた(笑)。

街の規模に比して、やたら寺が多い。不思議に思いタクシーの運転手に訊ねると、飢饉などのとき、この町にすむ豪商が困窮する庶民を救済するために建てた寺が累積したものという。

海運で富をなした海商が造寺に庶民を雇用することによって生活を幇助した。いい話を聞いた。




▼明るい陽射しがまぶしい駅前のロータリー。正面のビルは水道に面して立つGreen Hill Hotel。前回訪れたときはここに投宿。海際に建ち、ロケーションが素晴らしい。

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▼浄土寺付近から眺めた尾道の市街地。水道をはさんだ対岸は因島。

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▼浄土寺の山門。山陽本線のガードをくぐって急斜な石段を登り詰めると、四脚のどっしりした山門が眼前に。

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▼浄土寺の広い境内。ここもソフトバンクのコマーシャルのロケ地。

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▼重文の多宝塔。瓦葺きの屋根が面白い。地面にはソフトバンクのコマーシャルにも出たハトの群れが。

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▼多宝塔の軒下に吊り下げられた風鐸。風鐸の中に鳥が巣をつくっていた。これじゃ、鳴るまい。

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▼多宝塔桝形の欄間彫刻。蓮の花托にとまる蝶を一対配する。蝶は何を意味するのか…。

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▼重文の講堂。奈良期の面影をとどめる。

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▼幼児と鳩の群れ。肩に止まるほど馴れた鳩だ。ここはハトの王国か???

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▼子持ち狛犬。毬にしがみつく子獅子の造作が面白い。

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▼名物「尾道ラーメン」。生唾ゴックン。われながらおいしそうに撮れたわい。ネギとモヤシの下に分厚い焼き豚が埋没しとった。ウーン、味もいける。

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テーマ : 日々のつれづれ
ジャンル : 日記

鞆の浦散策

一夜明けた午前中、鞆の浦の街並を散策。

海風に乗って潮のにおいが漂ってくる。

漁村特有の軒先が接するように建てこむ。路地は独りが通れる幅しかない。

この港の立地は、岡山県牛窓によく似ている。ここも中世以来、瀬戸内海航路の有数の港だった。

いずれも西・北側に屏風のように立ちはだかる山がそびえ、冬季の西北風をさえぎる自然の良港だ。帆船の時代には、風待ちにも使われた。



停泊する船は、小型の漁船で占められる。漁を終えて寄港する船が相次ぐ。

漁港と言えばゴミゴミした印象を受けるが、ここは観光地化して整備されている。舗道には切り石を敷きつめ、雨の日も難儀しない。



▼鞆の浦港のたたずまい。波静かな入江だ。

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▼花崗岩製の常夜灯。高さ2mはあるなかなか立派だ。

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▼岸壁に付着した岩ガキ。

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▼仙酔島への渡船場で見つけたサヨリの天日干し。身が透き通っていてきれいだ。

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▼サヨリの調理場にたむろするネコまたネコ。餌をもとめる鳴き声がかしましい。

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▼港に面した祠。町を歩いてると、やたら祠が目につく。豊漁と漁民の安全を祈って建てられたものだ。

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▼坂本竜馬ゆかりのいろは丸沈没事件談判所跡。当時の建物かどうかは定かではなけれども…。

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▼船具店の建物。朱色に塗装されている。

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▼同上店内。アンティークな店かと見間違えそう。舵もある。

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▼港から奥まった高台にある商家。瀬戸内海の船運で財をなしたのか豪壮だ。帆船時代に繁栄した海商の面影を今に伝える。

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▼民家の庭で見つけた紅白梅。よく見ると同株だ。

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▼漁村特有の狭い路地。黒い腰板と純白の漆喰壁のコントラストが美しい。

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▼埠頭の倉庫を改造した喫茶店の外観。小さな潜り戸に背中のリュックが引っかかってもて…。潜り抜けんのに難儀したわい(汗)。

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▼同上店内。奥の天井には梁や垂木が露呈。奥の土壁には穴が開いとった。こんなん、せんだって中国で見たな。

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▼クラゲ形の電灯。デザインがなかなか奇抜だ。

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テーマ : 日々のつれづれ
ジャンル : 日記

朝鮮通信使旧跡を訪ねてー鞆の浦ー

瀬戸内の温暖な気候にいざなわれ、一眼レフを引っ提げ洛東の草庵をあとにした。

14日の昼過ぎ、広島県福山市鞆の浦にある朝鮮通信使の旧跡を訪れた。

連れもいない独り旅。

行く先を自由に決められ、ここぞと思うところでは、誰はばかることなく心行くまで旅情を満喫できる。

3月中旬とあって、瀬戸内の気候は温和だ。


福山駅で降り、路線バスに乗り換えて鞆の浦まで30分。途中、満々と水をたたえた芦田川に架かる橋を渡る。この河床には有名な草戸千軒遺跡(中世都市遺跡)が眠る。河床は見えない。


ここ鞆の浦は、古来、瀬戸内海航路の要衝だ。

朝鮮通信使の寄港地として知られ、その宿舎「海岸山福禅寺」は岬の突端近くにあって、その客殿からの瀬戸の眺めは秀逸だ。

瀬戸に面した福禅寺の客殿「対潮楼」には、1711年に来日した通信使の従事官李邦彦(イ・パンオン)が記した「日東第一形勝」の額を掲げる。



▼瀬戸と弁天島・仙酔島

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▼弁天島。海は鏡のように凪いでいる。

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▼仙酔島への渡船「新いろは丸」。「いろは丸」は海援隊(坂本竜馬)が運用する商船で、坂出沖で幕府の船と衝突し沈没。この鞆の浦で幕府側との賠償交渉がおこなわれた。

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▼海岸山福禅寺の外壁石垣。かつては岬の突端にあり、ふもとを潮が洗ったのであろう。

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▼海岸山福禅寺(真言宗)の本堂。階を上がった右手に客殿(対潮楼)がある。

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▼福禅寺境内で見つけた水仙。旅情に彩りを添えてくれる。

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▼福禅寺の客殿「対潮楼」。深紅の毛氈に腰を下ろし、景観を愛でながら通信使に思いを馳せていたら、観光客が数人やってきた。

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▼対潮楼から真東に弁天島・仙酔島を望む。絶景かな。

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▼対潮楼の朝鮮通信使関係の展示。通信使正使の礼装を模した人形。奥には通信使の行列の模型がある。
天井に接する壁には通信使の漢詩を掲げる。

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▼仙酔島の山際から昇る朝日。ホテル6Fの部屋から観賞。通信使もたびたび見たであろう。

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▼薄雲がたなびく旭日のアップ。

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▼ホテルのロビーに飾られた雛段。

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テーマ : 雑記
ジャンル : 日記

韓国清州市街の顔

韓国清州市滞在中、昼食に外出した際、街の素顔をスナップ。


韓国では、どこの町でもハングルで書かれた店の看板がひしめき合う。数年前、日本に留学していた中国人を韓国に連れて行ったら、「ここは本当に外国だ」とつぶやいた記憶がよみがえる。ウウッ。さもあらん。看板に漢字を見出すのは一苦労だ。


看板の乱立は街の景観を損なうように思えるが、それには一向にお構いなしだ。これも国がらというものだ。


たいていの外国人は、看板や外観から何の店かを判断するのが普通だが、この国ではなかなかそれがうまくいかない。

こうした事情もあってか、写真・絵入りで店の売り物を明示する店が増えてきた。われわれ外国人にとってはじつに有難い。




▼worldの看板を掲げるのは携帯電話店。このショップの裏にも教会の尖塔が。右手と左奥にアパートが見える。

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▼ここは串カツ屋さん。珍しく「串家」という漢字が見える。外観が賑々しい。

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▼海鮮料理屋さん。魚好きの庵主には思わず脚が向かいそうだ。

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▼店の入口のモダンな装飾。洋風の匂いを感じさせる。ワイヤーでつくられた「樟玉」風のボールが吊り下げられている。まさかスナック?。いったい、なんの店だ??。

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▼レストランの外壁に描かれた、李朝時代の有名な風俗画。左に鍛冶、右に牛耕の情景を描く。

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▼風俗画の部分アップ。ヒヨコを口にくわえて逃げるネコを長いキセルをかざして追いかけようとする場面が生き生きと描かれる。

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▼上の風俗画のつづき。庶民の飲食の場面か。中央下に乳幼児に乳をはませる婦人が描かれる。

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ここに掲げたレストランは、新しくできた団地に囲まれた一角にあり、旧市街地にあるゴミゴミした飲食店とは趣が異なる。利用客も団地住まいのひとたちが多いのだろう。


テーマ : 日々のつれづれ
ジャンル : 日記

韓国の豆腐料理

韓国訪問の同行者2名が体調を崩し、高熱・下痢・吐き気で固形食物を受け付けず、胃腸にやさしいお粥を食べさせたく韓国の方にお願いしたら、清州市にある豆腐専門のレストランへ案内してくれた。


20回以上訪れた韓国で、本格的な豆腐料理をコースで食べるのは初めてだ。


食べ物には目がないこれは庵主にとっては、捨てがたい経験だ。


辛味・塩味の料理が基調のこの国で、淡白な料理で経営が成り立つ店があるのかと興味深々。


大きなガラス張りの窓で陽射しが差し込むレストランは、団地の一角に位置し、周囲にはレストランを見ない。



▼キムチ、豚肉、豆腐を小麦粉を練ってつくった左側の五色の薄皮にくるんで食べる。北京ダックの食べ方に似てる。

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▼ケチャップを掛けた揚げ豆腐。外見はトンカツかと見間違うほどだ。

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▼薄くスライスした豆腐とキムチ。三色の豆腐に黒ゴマが色彩にアクセントをつける。

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▼とりどりの具が入った中華風ヌードル。食べると、なかなかイケる。

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▼石皿で揚げた豆腐。味噌タレが掛けられ、細ネギの千切りをまぶす。白、赤、緑の色調の組み合わせがにくい。

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▼ミルクのように純白をしたマッコリ(濁り酒)。ここのマッコリはコクがある。昼からの仕事に差しつかえるんで一杯だけにとどめる。

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▼絹ごしに似た軟らかい豆腐スープ。トウガラシに似た朱色が食欲をそそる。見た目と違い、意外と淡白だ。

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▼石鍋で焚いたおこわご飯。ご飯を真鋳製の碗に移した後、底にこびりついたお焦げにお湯を注いで食べる。

幼少のみぎりに食べた釜炊きのお焦げご飯の風味がよみがえってくる。

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▼懐かしい黒砂糖の味がするお茶。純白の白磁との配色が何とも言えん。

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愛読者に味わってもらえないのはいたく残念だが、一風変わった韓国料理を目で愉しんでもらえれば…。

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ジャンル : 日記

韓国清州市の街並

3月6日から11日まで、韓国忠州北道にある清州市を訪れた。


日中での体感気温は6℃前後。室内は外気から完全遮断され暖房がよく効いているが、戸外に出ると風がやたら冷たい。


韓国の中部にある人口50万ほどの中核都市だ。郊外に関空と結ぶ国際空港(週3便)をもつ。


李朝時代には、本地方を治める「牧使」が置かれた。郊外の月山山脈には「三年山城」が築かれている。


壬申倭乱(豊臣秀吉の朝鮮侵略戦争)の際、日本軍に占領された清州城を李朝の義兵(趙憲を将)が初めて奪還した町として知られる。町の中心部にある公園にその顕彰碑が建てられている。


昼食時に研究所の周囲を散策し、街の顔をカメラにおさめた。


▼高層アパートの谷間から見た市街。遠くに高層アパート群。

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▼教会。韓国には教会がじつに多い。数百メートル間隔で十字架を掲げた建物を見る。クリスチャンだけでも500万人はいるのが実感される。

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▼真新しいアパート群。韓国では一戸建てが少なく、国も団地住まいを推奨する政策を取っているようだ。

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▼団地の入り口に立つブロンズ像。肩車した子供の頭上に鳥が翼をはためく。何を象徴しようとしたものか。

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▼コンビニの脇にあるコーヒー自動販売機。ブラック、ノンシュガー、クリープ入りを選べ、日本人には有難い。いずれもコーヒー一杯300ウォン(約27円)。1000ウォン札を入れると受け付けず、500ウォンのコインを投入すると、ボタンを押しても200円のお釣りが出ない!!、ウウッ。結局、一杯500ウォンのコーヒーになった。

韓国のレストランでは食後にインスタント・コーヒーをサービスで出すが、クリープ、砂糖がたっぷり入っていて、日本人の口にはなじまない。

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▼コンビニ店内の棚の上に置いてあったトラの縫いぐるみ。売り物?

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テーマ : 日々のつれづれ
ジャンル : 日記

早三月

今日は3月5日。 「啓蟄(けいちつ)」も過ぎたのに、寒さがぶり返してきた。


昨朝は降雪までも。陽光が差し、春の淡雪のごとく消え去った。これがなごり雪となるか…。


その一方、路地のスミレが、一輪、一輪、日を追って薄紫の可憐な花を増していく。 春の兆しだ。


▼日に日に花輪を増す路地のスミレ。

P1010003_convert_20110305135449.jpg(クリックすっと、画像が拡大)




「暑さ寒さも彼岸まで」という俗諺はよく耳にするが、京阪地方では、「お水取りが終わらないと春が来ない」というのは、古くからの言い伝えだ。


京都では、「比良の八講」が終わらないと本格的な春には至らない。 ときに彼岸過ぎに寒波が襲うこともある。


そう言えば、去年は季節外れの3月29日に京都で降雪を見た。お陰でサクラの開花期が延び、観光業界はホクホク。



先月末以来、世間を騒がせた大学不正受験事件も落着し、その陰に霞んでいた政局が表舞台に躍り出、風雲急を告げてきた。


国会は紛糾が続き、民主党管政権の末路も見え隠れ。 風前のともし火か。





1日、寒風厳しき中、教え子を具して、久しぶりに北山通りにある馴染みのケーキ屋さんへ。


チョコレート・ケーキとコーヒーを注文したら、出されたケーキの上に何やら工作が…???。


ガァーン、ここに勤めてる教え子が、とびっきり気を利かせてくれた。 その心遣いが泣かせる(クシュン)。



▼最高の味のマール・ブランシェ製チョコレート・ケーキ。ウウウッ、舌がとろけそう!!。

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最近、故あって酒の量を減らしたら、ときおり甘いものが欲しくなった。これぞ甘い誘惑か(笑)。


わが酒飲み友たちよ、甘党に転向したと思ってくれるな!。まだまだ会派離脱、離党宣言はせんぞ。


酒の場でないと、入らん情報も多々あるし。 これ真実!。




3月3日は言わずと知れた「桃の節句」。


なんとしてもピンクの桃の花枝を激写したく、乗り合わせたタクシーの運転手数人に桃の名所を聞けども聞けども無言の返事。「京都検定」には出んのかいな。


ネットで調べてもヒットせん、ウウウッ。 花屋さんにでも聞いたほうがてっとり早いか。


古来「追儺」の儀式に欠かせない桃の枝木は、いったいどこから手に入れたもんやら???




3日のお雛祭り、わが家で女房手製のバラ寿司を賞味。これまた捨てがたい味だ。あんがとうさ~ん。

なにかしら、故郷の「大村寿司」が食いとうなった。


▼自家製バラ寿司。

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春よ来い♪、早く来い♪。 もう来とる???


雛祭りに因んで、寺ノ内にある宝鏡寺(「人形の寺」)の飾り雛を見に行くとすっか。 もう終ったかな??。



ひたすら春を待ちこがれる庵主

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