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秋の古本まつり

29日から京都百万遍知恩寺の秋の風物詩「秋の古本まつり」がはじまった(11月3日まで)。

27日からはじまった読書週間(2週間)に乗じた企画だ。

京都古書研究会が主催する第35回古本供養と青空古本市。

初日の昨日は好天に恵まれたが、あいにく今日明日は雨の予報。日曜日とあって人出を期待していた出店側としては、無情の雨だ。



退屈しのぎにぶらりと散策に出かけたついでに立ち寄ることに。

途中で雨がポツリポツリ落ちてきた。

境内のイチョウの巨木はやっと色づき始めたばかりだ。例年に比べて黄葉するのが遅い。

今年の出店数は15店で、昨年より少ない。

出店はいずれも、雨の備えに万端怠りないが、客の出足は鈍い。いつもは本の虫でごったがえす境内も、閑散としている。それでも、絶滅寸前の文学少女の姿もチラホラ。

閑古鳥が鳴く中、チャリティーオークション会場の前には、ひとだかりが。不景気で財布のひもが固くなったのか、いまひとつ活気に欠ける。

若い世代の活字離れが加速するいっぽうで電子書籍化が進む中、日本の活字文化の一翼を担ってきたこの業界の行く末が按じられてならん。


店頭を巡って歩き疲れ、大殿(本堂)の階段に腰をおろし、暫し雨宿り。

階段を上り堂内を覗くと、中年女性参詣者がひとりだけ本尊の前でぬかづく後姿が。



▼知恩寺山門に張られた「古本まつり」の横断幕。

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▼レトロ調の「古本まつり」ポスター。

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▼閑散とした境内の市風景。正面に大殿(本堂)、左手に阿弥陀堂。

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▼雨除けのビニールをかぶせられた野外の本棚。

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▼児童書コーナーのイラスト。脚を描き忘れたか??。

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▼釈迦堂前の黄色く熟しはじめたカリンの実。この木だけは毎年鈴なりだ。

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▼阿弥陀堂を借りた全集コーナー。軒下と堂内に特選オークション(3日開催)用の全集が展示される。積み上げられた数が例年より少ない。

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▼鐘楼前でのオークション。

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▼出店風景。お堂前のサクラが紅葉しかかる。

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▼知恩寺大殿(本堂)の内陣。寛元元年(1661)に建てられたもので、本尊に法然上人木像を祀る。

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▼きらびやかな荘厳と天井からつりさげられた大数珠。この大数珠は1080個からなり、法会では衆徒・信徒が輪になって手越しに100回回す行事がおこなわれる。

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2時間弱、店を冷やかしながら掘り出し物を物色するも、次第に雨脚が強くなり退散。

逆境にめげずお気張りやす、京都古書研究会さん。



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テーマ : 今日の出来事
ジャンル : 日記

邦楽コンサートの夕べ

京都に木枯らしが吹いて来よった。北風がやたら冷たい。

懇意にしている同志社エンタープライズの営業部長から、27日夕刻に継志館のエントランスホールで開催される「邦楽コンサート」に誘われる。

同志社大学の学生支援センターが主催する、地域住民とふれあう催しの一つだ。

前回はフラダンス部の踊りが披露されたが、今回は粋な「新内(しんない)流し」が出し物。

前座は、練習に練習を重ねた大学邦楽部の琴・三味線・尺八による演奏だ。

「新内流し」とは、250年ほど前に浄瑠璃(三味線伴奏の音曲語り物)として生まれ、普通三味線とそれより高い調子の三味線の弾き手が組になって三味線を弾きながら街中を流す芸能。

今回の弾き手には、12,3歳の頃から三味線の手ほどきを受け、今月22日に国立文楽劇場で初舞台デビューを飾ったばかりの高3の女の子が出演。

司会による紹介のあと、三味線を手に着物姿でさっそうと登場。

曲目は「青い山脈」「お江戸日本橋」「お富さん」「奴さん」など、いまや昔懐かしいメロディだ。

演奏の合い間に、旅籠の出し物の前を流し姿で練り歩く余興も。

拍手喝采の中、地域住民とともに小一時間ほど熱演を愉しませてもらった。

伝統音楽が息づく京都にある大学ならではの好企画だ。



▼邦楽部による2丁の琴、尺八による一糸乱れぬ演奏。

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▼邦楽部による琴、三味線、尺八の熱演。

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▼旅籠の2階から客(KBSの山崎アナと松華園のオバちゃん)が「新内流し」を愉しむ趣向のセット。

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▼凛とした着物姿の「新内流し」のペア。

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▼三味線を弾きながら次々と歌を披露。きりりと着こなした格子目の柄の着物が三味線にマッチ。

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学生支援センター、エンタープライズもなかなか奮闘しとる。街中の大学たるもの、普段から地域住民との心のふれあいが大切。

「地域と共生する大学」として、このようなユニークな企画をどんどん推進すべきだ。

それにしても、日本の伝統芸能っていいもんだ。

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ジャンル : 日記

「天神さん」(蚤の市)

25日は菅原道真公の命日にあたり、北野天満宮では毎月一度「天神さん」として知られる「蚤の市」が立つ。

梅雨も明けきれない6月に覗いて以来、4か月ぶりに歩を運ぶ。

今夏の猛暑で草庵裏庭の草花がずいぶん枯れてしまったので、苗木を物色に。

ここに来ると物見遊山の念止まず、境内の内外にひしめく出店を覗いては冷やかすことに。



出店は、石畳参道の両側、その東側の駐車場、さらに境内東側の市道にぎっしり並ぶ。

店を出すには、もちろん出店代(いわゆる所場代)が徴収され、それも境内と市道では違うらしい。

店主は日本各地からトラックやバンで商品を満載して乗り付け、日の出前には出店の支度が始まる。

掘り出し物は、懐中電灯を手に、夜も明け切らぬ店開き直後でないと見つからない、という。この時間帯、同業者やプロの目利きが徘徊する。



午後になって、のんびりと出かけると、雑踏は少し緩和していた。

客層は圧倒的に年配層によって占められる。幼少の頃から「天神さん」に馴染みの深い世代たちだ。若者の姿は意外と少なく1割前後か。

欧米人、中国人、インド人、モンゴル人の姿もちらほら、客層も国際的になってきた。

女性にとりわけ人気なのは着物売り場だ。もちろん古着で、一着1000~3000円の値がつく。

着物はやたら品数が多いんで、大正・昭和初期作の掘り出し物も手に入りやすいようだ。古着が山と積まれた敲き売りのコーナーは、血走った目の熟女たちの修羅場と化す。

ガラス細工アクセサリーの店も若い女性に人気。

帰りがけに植木市で、白い花弁を咲かせたダイモンジソウ(大文字草)の鉢植えとヤマモミジの小さな苗木を見つけ、店仕舞いの前で安くしてもらった。



▼鳥居前の今出川通り横断歩道。参詣者の年齢層がわかる。

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▼境内駐車場の出店。ケヤキが黄葉しかける。

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▼あられ屋。暖簾の動物の絵、知恩寺(百万辺)手作り市で見たことがある。

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▼艶やかな絵柄の着物。これは高そうだ。

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▼モンゴル人の女性がアクセサリーを物色中。

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▼陶磁器骨董屋。

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▼ペルシァ絨毯。イラン人と思しき青年が店を出していた。

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▼鎧櫃付きの甲冑。いまどき珍しい。どこから仕入れたものか。

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▼チベット絨毯。龍、麒麟、鳳凰、虎の絵柄がユーモラスで面白い。

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▼着物の安売りに色めき立つ熟女連。

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▼伊万里焼の色柄皿。1皿2000円で5客揃い。本物にしては、ちと安すぎる。

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▼画文帯神獣鏡。よくできとるが偽物。

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▼柿渋染め加工品。福井県からやってきた業者。

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▼着物姿の女性客。ここの骨董市、着物姿がよく似合う。

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▼トウガラシを吊るしたもの。

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▼和菓子の木型。なかなか精巧な作りだ。「落雁」の型か。

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▼品数が多い植木市。値段も手ごろだ

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ジャンル : 日記

出雲路橋界隈

10月23日。順延された「時代祭」には目もくれず、薄曇り空のもと、午後から出雲路橋界隈を散策。

草庵から御蔭通りを西進し、葵橋を渡り、賀茂川河川敷を出雲路橋へたどるルートは庵主の定番散策コース。

賀茂川河畔の秋草を観賞・撮影しながら出雲路橋へ出て、橋の西にある上善寺(じょうぜんじ)を訪ねることに。

出雲路という地名から、奈良の正倉院に遺存する「山城国愛宕郡出雲郷計帳」の出雲郷がこの付近にあったことが推測されている。出雲路橋の名も出雲郷に因むものであろう。

近くの上御霊神社は上出雲寺の地に建てられたといわれる。また西南方の相国寺境内から奈良時代の竪穴住居跡群が発見されており、出雲郷の一部に相当するのであろう。

こうした文字史料と考古資料から、平安京遷都にさきだち賀茂川左岸一帯に村が形成されていたのは間違いない。



上善寺は山号を千松山と称す。貞観5年(863)、入唐した円仁(慈覚大師)が千本今出川に天台密教の道場として創建したのに発し、秀吉の京都都市整備にともない文禄3年(1594)現在地(寺町通り)に移転し、浄土宗に改めたとされる。へェー、お寺だって宗旨替えするんだ。

境内の地蔵堂に祀る地蔵菩薩は、一度息絶えた小野篁(おののたかむら)が冥土で生身の地蔵尊を拝して生き返り、それに感じて一木から造った6体の地蔵の一つとされる。

この木造地蔵菩薩は、初め小幡に祀られていたものが保元年間(1156~59)に洛北深泥池畔の地蔵堂(「深泥池地蔵」)に祀られ、さらにこの地に移され「鞍馬口地蔵」と称された。

毎年8月22・23両日の京都六地蔵巡りには参拝者で賑わう。

小野篁(802~852)という歴史上の人物は、8月のブログでも紹介したが、この世と冥界を自由に往き来したとされる摩訶不思議なひとだ。一説には冥府で閻魔大王の秘書的な役割を担っていたとも。

博識な人だったんでこんな尾鰭がついたんだろうて。こんなご仁は手に負えん。

地蔵堂は3間×3間の建物だ。西面する格子戸に赤い紙の形代が3枚ぶら下がっていた。

格子の隙間から中を覗くと、薄暗闇の中に木製地蔵菩薩が安置されているのがおぼろげながらわかる。
フラッシュ撮影の写真で見ると、頭上に宝冠をのせ、左手に宝珠、垂れ下げた右手に錫杖を持ち、女性のような柔和な顔立ち、彩色された着衣が鮮明にのこる。

右手の造作と錫杖を手にする様式からすれば、鎌倉時代以降の作か。


女性を思わせる優しげな顔立ちが庶民に受けたのだろう。思わず合掌せずにはおれない地蔵菩薩だ。



▼出雲路橋からの北山眺望。セイタカアワダチソウの黄色い花が河畔に彩りを添える。昨日の雨で増水し、水流が速い。

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▼賀茂川畔の秋草。エノコログサ、ワレモコウ、セイタカアワダチソウなど。

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▼河川敷の足元に灌木の紅葉。

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▼中洲に上がって叢でガサガサ何かをついばむカモ。

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▼河川敷に咲く白い五弁花。花名不詳。

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▼河畔のセイタカアワダチソウ。この帰化植物もいまや賀茂川の秋の風物詩だ。

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▼首輪をつけた飼いネコも悠々と散策。人慣れしとる。

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▼鞍馬口通りに面した上善寺山門。石柱に「第一番六地蔵堂」の刻銘。

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▼上善寺本堂。右側に地蔵堂。

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▼境内にある地蔵堂。

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▼地蔵堂の格子窓に吊り下げられた形代(かたしろ)。「京都六地蔵第一」の文字が。

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▼地蔵堂内陣。両側に脇侍がある。

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▼鞍馬口(深泥池)地蔵菩薩。

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▼川面に浮かぶカモのシルエット。

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▼東山上空の茜色の夕焼け雲。

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京都という街は、大寺は言うに及ばず、ほとんど無名の小寺の堂にも重文クラスの仏像がさりげなく安置されている、とんでもないところだ。長い歴史と弛まぬ信仰があたかも襞のように重なっている。

散策するたびに新たな発見と驚きが…。

日も暮れかける頃、東山連峰の上にかかる茜色の夕焼けを目にしながら帰途に就く。

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雨上がりの朝

京都三大祭りの「時代祭」を1日順延した雨がすっかりあがり、抜けるような青空がひろがる。

好天に恵まれ、巡行路はさぞかし人出が多いことだろう。


朝方、珍しく野鳩が1羽飛来し、塩化ビニールの屋根上を歩きまわる足音が聞こえてきた。

さては、一昨日「首途八幡宮」にお参りしたのが聞き届けられ、八幡神の使い(鳩)が現われたか!?。

が、カメラを取り出す間に鳩は隣のアパートに飛び去ってもた。

しゃーない。雨滴でも撮ることに。

水滴をこれほどまじかに観察したのは近来にない。レンズを通して見た水滴も、なかなか見事なもんだ。



それにしても、なにか吉事でも知らせに来たんだろか(いささか手前勝手な解釈ながら…)。

今日はなにか良いこと、期待できるかもしれん(フフッ)。

なにかしら、古代人の心持ちになってきたような…。




▼ナンテンの葉の雨滴。大小の水滴がまるで水晶玉のよう。

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▼ナンテンの実に付いた雨滴。

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▼路地の塀の上に蔓を伸ばしたヤマブドウ。こんな植物まで身近に。黒紫の小さな実をつける。ジャムにするには量が不足だ。

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▼路地のホトトギスの群落。雨後、いっせいに花を咲かせた。

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西陣界隈散策Ver.Ⅱ

10月21日。特展「古代の祭祀」開催中の京都市考古資料館に寄ったついでに西陣の智恵光院通界隈を散策。

西陣は、応仁の乱(1467~1477)の際、西軍の総大将山名宗全の陣が敷かれたことに因む。

西陣とは、今出川大宮を中心に東西を新町通(堀川通とする説も)と千本通に界され、南北が一条通以北、鞍馬口通以南の地域を指す。

平安京の京域外に位置し、京都を舞台にした応仁の乱で家屋は灰燼に帰したが16世紀末には復興。

この頃から、高級機織の産地として知られ、通称「西陣織」で全国ブランドを馳せた。花街「上七軒」の繁栄も西陣の若旦那衆が支え、安土桃山時代の絢爛な上京文化の一角を担った。

近年、人件費の安い中国に生産基盤を移すも若い世代の着物離れが進み、産業の空洞化が進行。

伝統産業からマンション経営に転じた業者も少なくない。いまや今出川通に面して高層マンションが立ち並び、街の装いを一変。

500年間続いた伝統産業が半世紀にも満たない期間に斜陽産業と化した。

複雑な製造工程にたずさわる多くの専門職人に支えられた高級織物技術は伝統が一度途切れると復活するのは不可能だ。宋代の白磁・青磁を現代の技術ではどうしても復元できないのがその例だ。


▼西陣織の反物(円亭所有)。

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今出川通智恵光院通から北に進むと、首途(かどで)八幡宮、日蓮宗本隆寺、雨宝院などの社寺が立ち並び、小路に踏み込むと古い街並の名残りをかすかにとどめる。

茶道家元(千家、裏千家)のある寺之内もそうだが、西陣でも日蓮宗の寺院がやたら目につく。教科書に載る日蓮宗の商工業者への浸透が実感される。



▼今出川通大宮にある京都市考古資料館(旧西陣織物会館)。京都市内から出土した考古遺物を展示。

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▼智恵光院通りに面した首途(かどで)八幡宮(旧名「内野八幡宮」)。牛若丸が金売吉次の案内で奥州平泉に旅立つときに参詣した神社と伝える。八幡神は源氏の守護神。いまどきの学生、「首途」を読めん(トホホ)。

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▼首途八幡宮(左)と弁財天(右)の鳥居。

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▼小高い丘の上に鎮座する八幡宮本殿。

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▼唐破風屋根の下に飾られた一対の鳩。鳩は八幡神の使い。

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▼鳩をあしらった鬼瓦。

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▼智恵光院通りに面した日蓮宗真門流の総本山本隆寺(法華宗京都八本山の一つ)。もと四条大宮にあったが天文法華の乱で焼失し、天文11年(1542)この地に再建された。西陣は江戸時代にも火災に遭うが、祖師堂と本堂は焼失を免れ、「不焼寺(やけずのてら)」とも称された。

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▼境内を圧する本隆寺本堂。明暦3年(1657)、名匠坂上作左衛の再建。白障子と格子の桟が造り出すコントラストが美しい。境内には樹齢数百年の銀杏の巨木がやわらかい緑陰をつくる。

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▼本隆寺本境内の「夜泣止松」。ここの住職が一婦女から嬰児の養育を託され、母を慕う夜泣きに困り、この松樹の周りを廻ったら泣きやんだと伝える。この嬰児が長じて日脩上人となり、正親町天皇から法印の号を賜った。この松の葉を枕の下に敷くと夜泣きが止むという俗信がある。

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▼本隆寺付近の小路。狭い通りを軽トラックが走り去った。

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▼瓦を整然と埋め込んだ本隆寺北側の築地。アイデアが面白い。こりゃ、芸術作品だ。左手に雨宝院。

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▼古義真言宗の雨宝院(西陣聖天宮)の西門。山号を北向山。俗称「西陣聖天さん」。本隆寺の北に位置。実にこじんまりした境内だが、重文クラスの仏教彫像(大聖歓喜天像、千手観音立像、不動明王像)を蔵する。821年、嵯峨天皇の病気平癒を願って弘法大師(空海)が安置したという由緒をもつ。

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▼雨宝院本堂。寺に鳥居とはチグハグな!。男女が抱き合う姿の「大聖歓喜天像」は秘仏中の秘仏。インドの在地神に根ざした像だ。

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▼本堂前に架かる青銅製吊り灯篭。文政九年(1827年)の透かし彫り銘と作者名が残る。

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▼雨宝院境内の西陣五水の一つ「染殿井」。ここの井戸水は西陣織物の染めに効果があったとされる。

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▼雨宝院境内。狭い境内に桜が林立。ここは桜の隠れ名所だ。左手は観音堂。平安後期の千手観音像を本尊とする。

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▼花弁が緑を帯びた珍しい「御衣黄」桜の写真。花見のシーズンに来なくては見れん。

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▼西陣紋屋町の商家。

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▼小路に面したどんつきの狭い路地長屋。古い長屋の名残りか。

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▼陶芸教室の看板が架かった長屋前の絵唐津風大甕。

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▼ベンガラ塗りの腰板を張った町家。2階は虫籠格子窓。


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「暑くもなし、寒くもなし」、京都の旧跡を散策するには絶好のシーズンだ。

散策しとると、この町の歴史が実感されてくる。

タイガーさん、学生時代にこの付近ぶらつきましたかいな?。

西陣の古い町家と街並、いつまで残ることやら…。いまのうちに記録写真を残しておかねば。

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わが庵は秋花の宝庫

9月18日。快晴。朝方の気温12℃。昼間で24℃。京都のベスト・シーズンだ。


昨日まで土・日抜きの3日連続の仕事がさすがに応え、今日は丸一日休養に充てる。わが魂もくたびれてきたんで、ここらへんで「魂振り」をせんと…(笑)。


厠の横のナンテンの幹にセミの抜け殻を一つ見つける。セミの鳴き声が消え、早ひと月。今となっては真夏のかしましいクマゼミの声が懐かしくも感じられる。

「セミは死んで抜け殻を残し、人は死んで名を残す」か。後段はそうありたいもの(汗)。


読者からのリクエストに応じネコの姿を探しもとめ、表通りまで出て日だまりの屋根上を物色するも影も形も見えず。ネコの気配さえもない。さては朝方の気温の低下で家の中から出て来んのか??

さんざん面倒見てやったのに、恩義を忘れたニャンコどもめ(ムラムラ)。


路地に引き返すと、ホトトギスがいっぱい蕾をつけ、開花したものも散見。

ナンテンの枝にまといついたヌバタマの小さな黄色い実が目にとまる。まじかでじっくり観察するのは初めてだ。さらに熟すと黒色に変わるんだろう。

地肌が見える所にタンポポが可憐な黄色い花を咲かせとる。なんで春の花が…。さては狂い咲きか(ひとにもあるけど、アハ)。

それにしても、わが庵の周囲は季節の野花の宝庫だ。週替わりで新たな花が咲きよる。



▼セミの抜け殻。夏の名残りだ。

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▼だれが植えたんか、路地を埋めるホトトギス。


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▼ホトトギスの花のアップ。近くで見るより遠目のほうが…。

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▼瑠璃色の光沢を帯びたヌバタマの実。縦に筋が見える。

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▼赤く色づきはじめたナンテンの実。紅葉した葉もチラホラ。

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▼タンポポ。径1センチ強。

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山科醍醐寺を歩く

10月16日(日)、夜来の雨も上がり、晴天が広がる。昼間は上着を着ていると汗ばむほどだ。

文化史学専攻(日本史コース)新入生を対象とした年一度の恒例行事「『京城勝覧』を歩く」で山科の醍醐寺(真言宗醍醐派総本山)を訪ねる。庵主は今日で3度目の訪問。

午後1時に地下鉄東西線の醍醐駅前に集合。日本史の教員は全員参加。参加学生は40名を切り去年を下回る。


醍醐寺は貞観16年(874)、空海の孫弟子にあたる聖宝(しょうぼう)という坊さんが東方の笠取山上に堂宇を開いたのが起こりで、延喜7年(907)に醍醐天皇の勅願寺となり、寺域を拡大。山上を上醍醐、山麓を下醍醐と呼ぶ。

都に近い真言密教の中心寺院として国宝・重文の堂宇、仏像、仏画を多数遺存し、とりわけ五重塔は国宝に指定され、優美な姿を今にとどめる。

「醍醐」とは牛乳を精製してつくった最上の味のものをさし、笠取山から湧き出る清水(「醍醐水」)をそれになぞらえたものと思われる。

ここは慶長3年(1598)、豊臣秀吉が花見(「醍醐の花見」)をした場所としても有名である。その場所は笠取山の中腹から山麓。「醍醐水」もここに湧く。


子院の三宝院は秀吉の命によって造られ、広大な庭園は桃山時代の代表的な庭園として有名である。
京都の聚楽第から運んだ「藤戸石」(自然石で三尊仏を表現)も庭園の中央に現存。

しかし、園池の周囲にふんだんに巨石を配し、なにかしら中国の太湖石の庭を連想させ、いま一つ好きになれん。

醍醐寺は何度か訪れたが、壮大な五重塔だけは唸らせる。建築美としても秀逸だ。他の堂宇が度重なる火災や応仁の乱で灰燼に帰した中、焼失を免れたのはまさに奇跡というものだ。


三宝院の庭園をはじめ、堂内の撮影は禁止され、読者に見せられないのが残念だ。



▼醍醐寺総門(山門)。真新しい屋根瓦。

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▼仁王門の背後の山は笠取山。両側に桜並木。

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▼苔の上に落ちた桜紅葉。

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▼三宝院玄関。

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▼国宝「唐門」。三宝院への勅使の出入りに使われる。扉に大きな菊紋と桐紋が金箔で燦然と輝く。

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▼西大門。通称「仁王門」。慶長10年(1605)に豊臣秀頼が再建したもの。ここでも拝観料を。

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▼独鈷を左手にすさまじい形相の仁王木像。平安後期の作。

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▼樹木に囲まれた7間×5間の金堂。秀吉の命により紀州湯浅から移築された(秀頼の代に完成)。本尊は薬師如来坐像。

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▼大永九年銘の梵鐘。16世紀初めごろの作。

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▼天暦5年(951)完成の国宝「五重塔」。高さ51m。京都府に現存する五重塔の中では最古。

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▼斗栱の美。

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▼露盤。密教具の独鈷と輪宝をあしらう。

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▼塔の高さの3分の1を占める九輪と水煙。

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▼三間流造りの清瀧宮。空海を守護し長安の青龍寺からやってきた龍を祀る社。五重塔の西側にある。

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午後4時半、霊宝館前で解散。広い境内をゆっくり見学し、いい運動になった。少々バテ気味に。

醍醐寺は、やはり春の桜の季節が最高だ。訪れる季節を間違った感が…。

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函館からサルナシのジャム着倒

10月13日。朝方より雨がぱらつく。

9時過ぎ研究室へ出向くと、郵便小包が机の上に。

函館の親しい友人(春にマガリダケを頂戴)から送られてきたサルナシの実とジャム瓶詰めだ。

サルナシは、落葉ツル性植物で、岩や木にからみついて登り、20mくらいになる。果実は10~11月頃、黒ずんだ緑色に熟す。実は甘酸っぱくて食用となり、山の木の仲間では最高の味とされる。和名は「猿梨」、果実がナシに似、サルが食用にするという意味(『花歳時記大百科』)。


さきにサルナシの実が付いている添付写真を拝見し、これまで目にしたこともない植物に大いに興味を抱いたところ、ジャムにしたものを送ってくれることに!。

青い実は円亭の女将のリクエストだ。早速、ジャム瓶1本とともに円亭へ届ける。

ジャム瓶の1本は草庵へ持ち帰り、明日の朝まで待てず寝る前にトーストのパンに塗って試食。

初めて食するので、どんな味か興味深々。

一口食べた途端、甘酸っぱい味覚が口中にホワーッと。なかなかの美味だ。

こりゃ、いける!!。 しばらくは朝食が楽しみだ。


▼サルナシの実。

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▼サルナシのジャム到着。果実はブドウほどの大きさだ。

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▼サルナシのジャムをパンに。黒い粒は種。キウイの種にそっくりだ。

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クマが出没する山野に分け入っての命がけのサルナシ採取にただただ感謝。

まっこと、ありがとうございま~す。

なんといっても、持つは友人(笑)。

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蔦紅葉と古本屋の店じまい

早、神無月も半ばだ。出雲だけは、全国から八百万の神が集う「神在り月」。

草庵裏庭の朽ちた板塀に絡みついた蔦が鮮やかに紅葉しているのが目にとまった。

草庵の周囲で見る紅葉のはしりだ。

ここ数日の朝の冷え込みと昼間の高温が、急速に紅葉を促したようだ。

あまりにも鮮やかな紅葉に誘われ、腰あたりまで生い茂った雑草を踏み分け、掻き分けて接近しショット。


▼板塀に絡まるナツヅタの鮮やかな紅葉。葉の裏側から撮影。

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▼青空と白雲をバックにした蔦の紅葉のアップ。葉脈が透けて見える。

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この蔦、ブドウ科のナツヅタ別名モミジヅタ(落葉性)だ。季語の蔦は蔦紅葉をさす。

蔦は『万葉集』にも詠われ、日本人には古くから馴染みの植物だ。

 み吉野の 真木立つ山に 青く生ふる 山菅の根の (中略) 延(は)ふ蔦の 帰(ゆ)きし 別れのあまた 惜しきものかも(巻13の3291)

この歌は地方官として単身赴任する夫との別れを惜しむ歌で、「延(は)ふ蔦」を「別れ」に掛けて詠んだところは、妻の別離の心情を余すところなく伝える。



昼食を摂りに外出した際、馴染みの古本屋に立ち寄ったら、店主がおもむろに口を開き、東山通りに面した店をたたみ、裏通りにある自分の居宅で店を開くという。

近年、若者の本離れが進み、毎月18万円もする借料を払えないのが原因らしい。

いまどきの学生や大人は本を読まないし買わないし、商売にならなくなった、と嘆く。探究書がインターネットで安く手軽に手に入るようになったのも一因だ。

そのいっぽう、大きな会場での即売会となると大挙して押しかけるらしい。その心理が解せん。

庵主が学生時代には、月1回、アルバイトで貯めたお金をポケットに京都大学の周りや丸太町沿いの古本屋巡りをしたものだ。当時の古本屋の2割も生き残っているだろうか。

いまどきの学生数人に聞いたら、本は図書館で借りるものだ、と異口同音の応えが…。

電子ブックが普及しはじめ、活字本は消えゆく運命にさらされとる。時勢と言えばそれまでだが…。

私の同僚の先生は、京都で開かれる古本市の常連で有名だ。希少本を探すのが趣味らしい。こりゃ、まさに本の虫だ。研究室はうず高く積まれた古書の山だ。入口で声をかけると、本の間から声が返ってくるが姿が見えん(笑)。

嗚呼、滅びゆくは江戸時代以来連綿と続いてきた商業出版の伝統文化か、日本の知的生産の基盤がまた一つ消滅しようとしとる。


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名残り萩

草庵路地裏の名残り萩。

今回も深まる行く秋の風情を激写。

9月中旬にブログアップした路地の萩が、小さな御幣の形に似た青い実を結んだ。

扁平なサヤの形の実に、この植物がマメ科に属するのを納得。花札の「黒豆」の呼称に合点。

そのいっぽうで、白とピンクの花弁をつけた花穂もあり、開花期が意外と長いのに驚く。

裏庭の手植えの花木が植木屋が入って壊滅、雑草繁茂(涙)の中で、いまや路地の叢だけが慰め。

それにしても、この路地裏、四季折々に可憐な花をつける植物が多いこと。

先住者は、想像するに「花鳥風月」をこよなく愛したご仁か……。一度会ってみたかったもんじゃ。



▼萩の実。

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▼萩の穂花。白とピンクの花が同居。

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▼芽吹いてきたホトトギスの蕾。蕾にも茎にも産毛がびっしり。

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▼近所の家の壁に見慣れない洋花が枝を道路に伸ばしている。何という植物名か???。

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▼白く縁取られた紫の花弁が賑々しい。

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草庵で仕事上の読書三昧が続く中、ひとときの目の保養。

それにしても読めども読めども、ページ数が一向に減らず(トホホ)。まるで「浜の真砂」状態。

タイガーさん、リクエストのネコがとんと姿を見せず…。スンマヘン。


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マスカットの贈り物

10月9日。3連休の中日。好天にめぐまれ、街中に行楽客の姿が目立つ。

微風が、路地の塀の上にあるキンモクセイの花の香りを草庵まで運んでくる。


▼橙色をした路地裏のキンモクセイの花。濃緑の葉とのコントラストが映える。

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一昨年卒業したゼミの愛弟子が故郷(長野)の母から送られてきたマスカットを、大阪からわざわざ京都まで届けてくれた。

なんとも師匠思いで律儀な娘だ(ホロリ)。

お返しに北山通りのBriantというベーカリー兼レストランで昼食を。40分ほど席順を待ったものの、肉か魚のメインディッシュ、各種パン(食べ放題)、デザート、飲み物が付いて1300円とは破格だ。味もいける。

店の前が府立植物園なんで、満開のコスモスを堪能し、北大路橋から出町橋まで賀茂川河川敷を散策。

ここのコスモス、先週に続き2回目の観賞だ。「円亭」の生け花と違い(アハ、女将に怒られそう)、意外と開花期が長い。

きれいな花は何度見ても飽きない。前回見たときと違った色合いの花も…。

賀茂川は、いつ来ても野生動物の天国だ。カモとサギは、四季折々、この川の風物詩となっている。

いささか歩き疲れ、出町柳駅前の馴染みのジャズ喫茶RUSH LIFEで一休み。


▼長野県産マスカット。実の長さが2cm余りもある。口に含むと甘~い。

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▼北山通りのBriant店構え。アイボリーとブルーが基調の外観でシックな印象をあたえる。

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▼Briant店内(1階)。とりどりのパンが並ぶ。2階がレストラン。

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▼壁に架かったエキゾチックなイラスト。

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▼イタリアン風ポーク・シチュー。

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▼府立植物園のコスモスコーナー。左端は愛弟子の後ろ姿。

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▼逆光に浮き立つ白とピンク花弁のコスモス。

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▼コスモスとミツバチ。

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▼八重花弁の白コスモス。

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▼ピンクのコスモス。

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▼賀茂川河川敷。北大路橋付近。

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▼カモとゴイサギの2ショット。片脚立ちで毛づくろい。

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▼餌の魚をうかがうシロサギ。

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▼害獣ヌートリアの不敵な面構え。

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▼散歩中のピンクがかった毛をしたブルドッグ。カメラを向けると飼い主に寄り添うような仕種を。

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▼出町柳駅前のジャズ喫茶RUSH LIFE。左手の壁際には昔懐かしいLPレコードがぎっしり。

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ここ数日、半強制的な読書三昧の日々から抜けだし、実に気分転換となった。北山通りから出町柳までゆうに2キロは歩いただろうか…。


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高野川界隈

10月4日。朝方、草庵の気温が10℃近くまで下がり、たまらず暖房のスィッチをオン。

外は抜けるような青空が広がる。日中の気温は30℃近くまで上がるも、湿度がなく爽快そのもの。

カナート洛北店に買い物に出かけたついでに高野川縁へ。

春ともなると、出町柳から修学院山端までの左岸は3キロにわたってソメイヨシノが一斉に咲き乱れ、散策の名所になる。

京都には桜の名所多しといえども、桜並木の長さではここに及ぶところはない。

桜の紅葉も捨てたものでないが、それにはひと月早い。

高野橋から送り火「妙法」が灯る松ヶ崎山もまじかだ。気温が急激に低下し、青空をバックに八瀬の山や比叡山の稜線がくっきり浮かび上がる。

ついつい陽気にほだされて、下流の御蔭橋まで左岸に沿って散策。

ベンチで昼食を取るOL、川面に釣り糸を垂れるひと、木陰で読書するひと、上半身裸で日光浴するひと、河原で植物の生態観察する学生たち、散策を愉しむ老夫婦などさまざまな市民の顔が見えてくる。



▼高野橋から見る高野川と比叡山。土手に桜の並木が延々とつづく。写真よりもっと青い空だったが、コンパクトデジカメの性能限界。

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▼五山送り火の一つ「妙法」が灯される松ヶ崎山が左手に。

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▼日光浴を愉しむ人。陽光にきらめく水面。左手奥の森は糺の森。

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▼亀をかたどった飛び石。水流を弱める機能がある。対岸からオバさんがピョコ、ピョコと身軽にわたってきた。

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▼河原で植物生態を観察する学生たち。盛んにノートにメモを取っている。

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▼陽気に誘われハトも土手で羽休め。2m以内まで近づいても逃げない。

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京都府立植物園の秋

10月2日(日)。昨日と変わらず最高気温が23℃、最低気温が12℃。ここ数日でめっきり秋めかしくなった。街ゆく人も長袖のシャツを着てる人が多い。

読書に目が疲れ、運動を兼ね午後から秋の草花をもとめて府立植物園を散策。薄曇りで写真撮影にはおあつらえ向きだ。

草庵から、市バスの206系統に乗り、20分ほどで植物園前に着く。ケヤキの並木道を100mほど行くと正門入り口だ。

大正13年(1924)に大典の記念事業の一環として開園したが、第二次大戦中は食糧増産のため菜園に変わり、戦後連合軍に接収され、昭和36年(1961)に府立植物園として再開園した。紆余曲折を経ながらも87年の歴史を刻む。


▼正門

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入園料大人200円(安い!)を払って正門から入り、カラフルな洋花の花園にはわき目もふらず、日本古来の秋の野花を探しにまっしぐら。

白いヒガンバナ、ナンバンギセル、オミナエシが目当て。

ここで見れなきゃ、諦めもつくというもの。何しろ京都府が誇る植物園だ。

正門の入口に、いま開花している植物の種類と咲いてる場所をイラストした「園長のおすすめ花暦 No.74」(植物園のHPにも掲載)のA4判プリントが用意され、それをよすがに探すことに。

目指すは広大な敷地の中央にある「植物生態園」(日本の森を再現)。もともと存在した自然林「半木(なからぎ)の森」をベースに植物園としての体裁を整えるために各種の植物が移植された。照葉樹、落葉広葉樹などが混在する。

ここなら植物の種類も豊富で、お目当ての野花が見つかるだろう。

ところどころに池や小川が配され、高木、低木、野草が渾然と植えられている。散策道はまるで迷路だ。

時折、一眼レフカメラを提げた年配の植物愛好家に出くわす。話しかけると、植物に詳しい。

春に比べて開花している種類は数少ないとはいえ、それでも秋花を求めて2~3時間が瞬く間に過ぎる。

北山門から生態園側に少し入ったところで赤、白、黄色の花をつけた彼岸花を見つけた。赤い彼岸花は田圃の畔や川の土手でよく見かけるが、白や黄色の花は珍しい。


北山門側に出ると、鉢植えのコスモスが乱舞。色と言い、花弁の数・形と言い、種類が豊富なのに驚かされる。

壮観で目の保養にはもってこいだ。しばし見とれておった。


生態園から大芝地を経て、温室前に出ると池があり、熱帯産のスイレンが原色の花を咲かせる。



▼赤い実を房状につけたサンゴジュ(珊瑚樹)。樹高5~6mはある大木だ。

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▼白い彼岸花。ベージュ色をした花を咲かせる。

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▼黄色い彼岸花。花が風で揺れピントが少し甘くなった。

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▼咲きはじめの黄色い彼岸花。

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▼ススキの穂。「秋の七草」のひとつ。

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▼フジバカマ。

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▼オミナエシ(女郎花)。「秋の七草」のひとつ。お盆に供える盆花の代表種。艶めかしいので茶席の茶花には使われない(『花歳時記大百科』)。

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▼フジバカマの花に蝶(種不明)が飛来。

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▼ナンバンギセル(南蛮煙管)。別名「思草」。ススキの根元に着床し、うっかり見過ごしそうだ。

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▼ニリンソウ(二輪草)の花。木陰にひっそりと咲き、奥ゆかしさが感じられる。

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▼水辺に咲くクリンソウ(九輪草)の白い花。花弁の一部が下側に大きく張り出した袋状の小さな花。赤い花をつけたものもある。

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▼樹齢が100年は越えるトチの巨木を見上げると、大きな葉の葉脈が透けて美しい。高い梢は黄葉しかけている。

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▼フジバカマの花に蝶(アサギマダラ)が飛来し蜜を吸い出した。

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▼アサギマダラ蝶。翅をゆっくり閉じたり開いたりのパフォーマンスを披露。

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▼カモの離水。半木(なからぎ)の森の脇にある池。

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▼池岸で2羽のカモが毛づくろい。

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▼マゴイとカメの並泳。

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▼毛づくろいするカモの仕種がユーモラスだ。

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▼色とりどりのコスモスの花。

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▼珍しい袋状花弁のコスモス。だれがこんな品種を編み出したものか?。ちとやり過ぎでは!

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▼ピンクの縁取りのコスモス。

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▼白いコスモスの花。花弁が大きい。

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▼紅白入り混じったフヨウの花。これは珍しい。

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▼紫色をした熱帯スイレンの花。

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▼ピンク色をした熱帯スイレンの花。

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▼黄色い花をつけた熱帯スイレン。

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花好きの読者さん、せいぜい目の保養をしてくだはい。

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