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舞い戻ってきたにっくき野良ニャン

12月24日。今日はクリスマス・イヴ。

昨日から寒波襲来により最高気温が7℃前後と、いちだんと冷え込みが厳しい。

ひょっとして”ホワイト・クリスマス”になるかも。

賀茂大橋の上から北山連峰、比叡山を見やると山頂から七合目にかけにうっすら降雪が!。今年初めて見る冠雪だ。


朝、草庵から通りに出て、おばあちゃんちの屋根にふと目をやると、陽だまりに背を太陽に向け甲羅干ししている太っちょネコの後姿が。

ここんとこ見慣れんネコじゃわい。

アレ?、レ!、レ!。 このネコ、1年前に大音響とともに天井を踏み破って落下した、にっくき野良ニャンコでは!?

デブの体型、背中のキツネ色の斑紋、それにふてぶてしい面構えからして間違いない。

いつの間に舞い戻ってきたのか??。よくもノウノウと日向ぼっことは!。

ムムッ、姿を見せたからには、天井を踏み破った落とし前をつけさせねば…。

今日は先を急ぐんで、いったんは見逃してやるけど。



▼にっくき野良ニャン。

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▼2010年1月撮影のデブ猫。この不敵な面構え。

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見逃してやったのに「ネコの恩返し」を忘れ、ニャンコの風上に置けん。

いかな罰を与えたものか。ここは思案のしどころじゃて。


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テーマ : 今日の出来事
ジャンル : 日記

黒ネコとX’masイルミネーション

2011年も残すところ10日余り。

今年最後の授業で京田辺校地に出かけると、植え込みの下からネコがのっそり出てきてベンチに。

ラーネット館(図書館)の裏庭はネコの吹きだまり。

ツツジの植え込みの下に少なくとも5匹は住みついとる。

ベンチに腰掛けて食べる学生の弁当が目当てだ。ネコという動物は一度食べ物をやると必ずやって来る習性がある。

人類とネコとの共生関係は、こんなところから始まったんでは…。

ところで、冬休みになって学生がいなくなったら、ネコどもどこで食糧調達すっのか???

学生食堂も閉まるし、畢竟、餓死に至らなければいいが…。

考えようによっては、かわいそうなことを!。



今出川キャンパスに戻ると、陽もすっかり沈み、大きなモミの木にイルミネーションが点灯。

ミッション系大学ならではの12月恒例のデコレーションだ。

その前で女子学生たちが愉しそうに写メで記念撮影していた。

節電で大学の古い建物の階段は昼間でも薄暗く、足を踏み外しはしないか心配だ。

齢とって暗い所での視力が落ちてきたので用心また用心。



草庵への路地の入口の家もX'masムードあふれるイルミネーションが!!!。

それがまた派手なこと。ここんち、クリスチャンだったっけ???。

ここの亭主、いくら酔っぱらっても帰る家を間違うことはなかろうて。

庵主も、その恩恵にちと浴するか(アハ)。



▼ベンチにうずくまって、餌を物色中の黒ネコ。

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▼今出川構内のモミの木のイルミネーション。カメラをもつ手がブレてもうた。

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▼ド派手な隣家のX'masイルミネーション。サンタが縄梯子で2階へよじ登っとる。

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テーマ : 雑記
ジャンル : 日記

初冬の賀茂川風物詩

12月16日。 京都の最低気温0℃、最高気温8℃。この冬一番の冷え込みだ。

昼から時雨が来て、一段と寒さが増す。

耳に当たる風が痛い。道行く人も襟をそばだて足早に通り過ぎる。

先日、何年振りかに目にした鴨川冬の風物ユリカモメをまじかに撮影したく脚を運ぶも、影も形も見えん???。

さては、琵琶湖に舞い戻ったか…(ウ、ウッ)。

昔は群れ飛ぶ姿がよく見れたものだが…・これも地球温暖化の兆候か。

しゃーない。寒風の中を出かけてきたからには、初冬の鴨川の風物詩でも。

出町橋一帯は交通の便もよく、野鳥の絶好の観察ポイントだ。

ここは、いつ来ても野鳥観察の穴場だ。


▼北山時雨。白く煙るのは氷雨か。手前は葵橋。

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▼出町橋の下で餌を探すシラサギとカルカモ。

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▼カラスも飛来し水しぶきをあげて行水。カラスというのは冷たさを感じないんか?

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▼落ち葉が流れ着いた岸辺にセキレイが一羽。

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▼夕陽に山襞が鮮明な大文字山。手前は鴨川。出町橋から。

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▼シロサギが中洲の岸辺で餌さがし。羽毛が温かそう。

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▼カモが群れる賀茂川と糺の森。

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▼餌をねだって陸に上がったカモ、シラサギ、果てはヌートリアまで。左は餌付け人。傍らを通っても逃げん。

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▼子カモのアップ。羽毛がなんとも美しい。自然が生み出した色彩の傑作だ。

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▼以前に見たヌートリアの子も健在。盛んに端パンをかじっとる。害獣も鴨川の顔の一つに。

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▼出町橋西詰にある妙音弁財天。京都七福神の一つ。

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▼夕闇せまる妙音弁財天本殿。神燈火が暖かく感じる。

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▼妙音弁財天境内の紅葉。市内にはまだ紅葉が残ってた。右手奥にカエデ紅葉。

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▼妙音弁財天境内のカエデ紅葉。ISO感度を1600に上げて撮影。

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▼日没まじかの賀茂大橋。

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▼夕闇に包まれた鴨川界隈。賀茂大橋の欄干に灯がともる。

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陽が沈むと急速に気温が下がり、さらされた肌がしばれる。

カメラをもつ手がかじかんできて引き揚げることに。

テーマ : 今日の出来事
ジャンル : 日記

屋根の上のネコ

京都は紅葉も過ぎ、風のない穏やかな初冬の一日。昼間の体感気温が15℃くらいか。陽光がやたらまぶしい。

草庵の路地から表の通りへ出ると、ネコがおばあちゃんちの屋根の上で気持ちよさそうに惰眠をむさぼっとるのが目に入る。

去年の5月に三毛猫3匹を生んだ親ネコだ。

陽が当たる屋根に寝ていたのが、眠りこけて日陰になっとるのも気づかずzzzzzz。

どんな夢を見ているのやら…。

食いっぱぐれのない三食昼寝付きのいい身分だ。



▼塀越しに見える京大農学部のイチョウの黄葉とヒマラヤスギ。遠山は冬枯れ前の東山。陽射しが強い。

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▼隣の土蔵の壁に張ったツタの紅葉。

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▼屋根の上で気持ちよさそうに爆睡中のネコ。

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▼片脚を枕にスヤスヤ。夢でも見てんのか…。

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テーマ : 日々のつれづれ
ジャンル : 日記

X'masデコレーション

12月13日(火)。久しぶりに寒気がゆるみ、陽射しも意外と暖かい。

昼食に寄った馴染みの中華料理店で、耳寄りな話を。

13日で寅の日は、宝くじを買うには好日という。とりわけ寅年生まれの女性が「宝くじ」を買うと当たるらしい。

寅年生まれに心当たりの子がひとりいたので、メールで通知。

自分も、ここのところ2年続きで「当たりくじ」が出た出町のみずほ銀行で30枚(連番10枚、バラで20枚)購入。

去年も連番で購入したが、ハズレ。生来クジ運がないんで、あまり期待せんとこ。


昼食後、同志社大学継志館の喫茶Cafeに立ち寄り、コーヒーをすすりながらウエイトレスと軽口を愉しむ。

ふとエントランス・ホールのガラス壁を見やると、クリスマスのシンプルで奇抜なデコレーションが。

そのデザインに引き寄せられ、コンパクトデジカメを取り出しショット。



▼継志館の喫茶Cafe。暖かな陽光がホールに燦々と降り注ぐ。

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▼エントランス・ホールの飾り付け。

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▼シンプルなクリスマス・ツリーをイメージ。

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▼白い服の二人の天使をイメージしたデコレーション。

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▼降りしきる雪をイメージしたものか。

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東北大震災をはじめ、暗い世相となった今年も、残すところわずかとなった。


テーマ : 雑記
ジャンル : 日記

円亭24周年の宴

12月10日(土)。京都は最低気温2.8℃。サブーイ、ブルブル。

今夕は、行きつけの魚料理店「円亭」の開店24周年の宴会だ。半年前からの企画。

馴染みの客がこの日の催しのために満を持して参上。今回は19名が参加。

ここ3年ほど出席の顔触れは固定するも新人2名が新たに加わる。医者、弁護士、住職、教授、庭師、俳優、ホテルマン、大学職員、高校教師、会社員など、いたって多彩な顔ぶれ。

この豪華な顔触れがこの店の客層の広さを如実に物語る。「円亭」がとりもつ不思議な縁(えにし)だ。

ビールによる乾杯の挨拶が済むと、あとは持ち込まれた数々の美酒と贅を凝らした料理で歓談。初対面であってもすぐに打ち解け10年の知己のように話しが弾む。

これだけの盛り沢山の魚料理と名酒で会費5000円とは破格!!!。

6時半からスタートし、瞬く間に時間が過ぎ、10時にお開き。



▼手土産の酒類12種が勢ぞろい。

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▼卓上に用意された料理第一弾。次々に料理皿が追加される。

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▼宴会スタート直後。

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▼魚のすり身を揚げたもの(四国宇和島産)。魚肉100パーセントで味は最高。

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▼茹で上がった大きなエビ。

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▼白身魚の照り焼き。舌がとろける。

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▼円亭自慢のアンコウのフライ。

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▼だいぶアルコールがまわってきたのか、カメラに向かってポーズ。

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▼別のテーブルも盛り上がっとる。

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この日のために万難を排して集まった皆さん、お疲れさん。美酒をありがとう。

久々に命の洗濯。

また来年、「円亭」で再会するのを愉しみに。いい年を迎えてくだはい。

K瀬さん、さかもトン、顔を見れず残念。来年こそは期待しとりやす。


庵主

テーマ : 日々のつれづれ
ジャンル : 日記

酬恩庵(一休寺)の紅葉

12月5日。寒気が冴える。風邪をひき、首筋が冷たく今年初めてマフラーを巻いて出勤。

京田辺市にある名刹「酬恩庵」(一休寺)の紅葉がまだ見れるということで、授業の後、思い立って寄り道。

これが見納めの紅葉観賞と心に期す。

タクシーの運転手によれば、報道ステーションでここのライトアップが放映されたことから先週は行楽客が急増したそうな。

一休寺の紅葉もこれで全国区に!!!。テレビによる宣伝効果は抜群。やがて名乗りを上げる寺社も…。

喜ぶべきか悲しむべきか、複雑な心境に??。


一休寺は、鎌倉時代に開創された臨済禅の道場「妙勝寺」に始まり、一休禅師が15世紀中ごろに再興し「酬恩庵」と名付けた。一休寺は通称。

その後荒廃していたのを、大坂の陣の折、加賀藩主前田利常が見かねて再建。

方丈の南・東・北面にしつらえた庭園は、松花堂昭乗、石川丈山らの合作とされる。

本堂、方丈、庫裡、鐘楼をはじめ一休禅師木像、一休禅師頂相(肖像画)は重要文化財に指定。

方丈の襖絵は、狩野派中興の祖とされる狩野探幽の手になる。

総門が東向きにつくられ、本堂が南面する、一風変わった伽藍配置だ。方丈の枯山水庭園は西の山を借景とする。


総門前に到着すると、カバンに忍ばせたコンパクトデジカメの出番だ。

紅葉を愛でる観光客もチラホラ。




▼総門。脇に「酬恩庵」の碑。右手の築地のところが方丈。紅葉が夕陽を受け一段と赤みを増す。

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▼参道。西向きの登り道。手水鉢、杉の木立と紅葉の取り合わせが絵になる。

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▼参道脇の手水鉢の底に紅葉が。思わずシャッターを切る。清澄な波紋がなんとも言えん。

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▼築地の外の深紅の紅葉。築地の白壁と濃緑の杉木立が色彩を引き立てる。

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▼参道。左手に鐘楼、奥に本堂。途中に庫裡に降りる中門がある。

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▼なんとも賑々しい紅葉。右下に赤い椿の花が一輪。

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▼苔の上に落ちたカエデの落葉。

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▼桧皮葺のしっとりした本堂。両脇の紅葉はおおかた落ちてしまった。

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▼一段下がったところにある庫裡。妻側に入口を設けるのは禅寺のパターン。右手に方丈。

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▼方丈(南庭)。デジカメのレンズでは庭の全景を収められん。中央の瓦屋根建物は一休禅師の廟所。淡いピンクの花を咲かせる椿。右端に蘇鉄の木が。ここには楓の木は一株もない。

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▼方丈(南庭)。低い土塀際にひっそりと自然石を配置。白砂の流水紋が清々しい。

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▼方丈(北庭)。枯れ滝の石組をもつ蓬莱庭園。ちと石が多くないか…。まるで太湖石の中国式庭園を思わせる。

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▼参道脇の黄葉。やや露出オーバー気味に。

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▼参道脇の三色に色づいたカエデの葉。

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▼参道脇黄葉のアップ。遊びでピントをぼかしてみた。

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日没に近づくと急激に気温が下がり、冷気が漂う。

たまらず駐車場横の茶店で「あまざけ」を注文し、体を芯から温める。

今年は秋になっても暖かい日が続き、紅葉がいま一つだったが、場所によっては美しい紅葉が楽しめた。

木枯らしが吹くと、一気に葉が落ちてしまう。

「紅葉は植物の死化粧」と言ったひとがあるが、それだけに「あわれ」を誘う。

テーマ : 今日の出来事
ジャンル : 日記

日帰り帰郷

12月4日(日)。亡父の13回忌、亡母の7回忌と墓参のため久方ぶりに故郷の島原に日帰り帰省。

大阪空港から長崎空港まで1時間強のフライト。そこから南島原まで車で1時間半。

あいにく厚い雲に覆われ、地上は雲の切れ間からときおり姿を見せるのみ。


晩秋というのに南国の長崎は全山が燃えるような山粧(やまよそおい)は見れず、海岸沿いの常緑樹の山に微かな彩りを添えるのは、まばらなハゼとイチョウの紅葉だけ。

雲仙岳はかつて燃えるような紅葉の名所だったが、火砕流を伴う噴火活動でオジャン。いまは回復したであろうか…。

途中、波静かな橘湾を一望のもとに見渡せる愛野展望台で休憩。湾の上空に雲間から陽光が差し込む。ここからの雲仙岳の眺望も佳景だ。


台地が急崖を見せて海に没する岬の道路から故郷の山河、海浜が視野に飛び込んでくると、幼少の頃に遊んだ数々の記憶が甦る。

やはり、故郷っていいもんだ。

都会の喧騒・煩わしさを一時的に忘却させる。また数年ぶりに老いた兄弟が顔を合わせる唯一の機会だ。

こうした機会は、あと何度めぐりくることか…。



▼大阪(伊丹)空港。滑走路の彼方に大阪梅田のビル街。遠く金剛山地が霞んで見える。

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▼筑後川河口デルタ上空。雲の彼方に九重連峰が頭をのぞかせる。

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▼凪ぎの橘(千々岩)湾。岬のように見えるのは島原半島。左端に小浜温泉。雲間から軟らかな陽光がシャワーのように降り注ぐ。岬を回ったところに故郷がある。

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▼凪ぎの橘湾と重畳とした山並みの雲仙普賢岳。海沿いの町は千々岩の町。日露戦争の軍神橘中佐を祀る橘神社がある。

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▼左上の頂上に尖った溶岩ドームが見える。

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▼18年間過ごした故郷の空と海。対岸は天草下島。夏ともなるとイルカ・ウオッチングで賑わう。右上に東シナ海に通じる水平線が見える。

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▼空と海が渾然とした水平線。沖合に漁舟が浮かぶ平和な海だ。橘湾口に水平線が横たわる。頼山陽が「天草灘に泊す」という詩を詠んだのはこの辺りだ。幼いころから限りなく夢をはぐくんだ水平線。


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▼路傍に咲く水仙の花。

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▼可憐な野花。

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▼季節外れのアサガオの花。南国ならではの光景。

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テーマ : 今日の出来事
ジャンル : 日記

名残りの紅葉

京都の紅葉は先週末がピーク。あいにく中国に出かけていて不在だった。

いよいよ今年の紅葉も見納めとなってきた。なにかしら、もの悲しい気分に。

木枯らしが吹いてきたら、一気に落葉が進む。

中国人の朋友二人と真如堂で名残りの「紅葉狩り」で締めくくろうと考えていた矢先、ひとりに急用ができてオジャンに…。

その口上が「どうせお酒目当てだから、別の日に改めて」と。そっじゃ、紅葉が過ぎてしまう。

紅葉狩りよりも酒か(ウウッ)。つまるところ、「花より団子」ってわけ(トホホ)。

「風流」をとんと解せんご仁たちじゃ(苦笑)。

つらつら考えるに、中国では植生からして紅葉季節がシーズンとしてないのだ。それならば、日本のような錦秋の風雅を心から実感できないのも無理からぬ話。

てなわけで、草庵周辺んで往く秋を独り惜しむことに。



▼路地の広葉樹の黄葉。根元にはホトトギスの花(開花期がやたら長い)。

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▼ヌバタマの葉も黄葉。実が茶褐色を帯びてきた。

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▼路地のカエデの紅葉。深紅に染まった葉。

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▼瓜生山の山粧い。背後は比叡山(京大グランドから撮影)。

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▼サクラ黄葉(京大北部構内)。

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▼イチョウ黄葉(京大北部構内)。

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テーマ : 雑記
ジャンル : 日記

安徽省博物館

11月27日、安徽省博物館を訪れた。

今年10月にオープンしたばかりの7階建ての壮大な建築物だ。日本の国立博物館を凌駕する規模に唖然。

省クラスの博物館になると、入館料は無料。写真撮影は自由。どこの館も愛国教育、国威発揚の基地となっている。

入口を入ったところでガードマンによるセキュリティ・チェックを受ける。携行品もエックス線にかけられる。

エントランスホールは、広大な吹き抜け空間となっていて、壁に巨大な銅板の山水画レリーフが架かる。


時間の関係で、旧石器、新石器コーナーをじっくり見学することに。

最初の展示は、繁昌県人字洞出土品(動物化石、石製品)で占められる。220~256万年前と恐ろしく年代が古い。人骨の出土はなく、人類の遺跡であるのかどうかでもめている。

動物化石は前期更新世の絶滅動物がほとんどである。

考古学界で人工品か自然品かをめぐって論争がつづく石製品も3点だけ展示している。


新石器時代の展示にも見るべきものが多いが、ここでは2~3を画像で紹介するにとどめる。


▼博物館正面の外観。2階に入口。外壁は殷・周代青銅器によく見る怪獣文で飾る。

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▼広大なエントランス・ホール。壁に架かるのは黄山(五岳の一つ)を描いた山水画のレリーフ。

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▼繁昌県人字洞のジオラマ。北京の国家博物館にも同様なジオラマがあった。

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▼人字洞出土の動物化石。石灰岩洞のため遺存状態が良い。

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▼人字洞出土の石製品。人工品か否かをめぐって論争がある。

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▼長江に近い和県の石灰岩岩陰から出土した和県人(ホモ・エレクトウス)化石。約30万年前。

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▼新石器時代の三足土器と紡錘車。約5000年前の作としては器壁も薄く、精巧な造りだ。

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▼巨大な石豚(新石器時代)。水磨した自然石に部分的に加工して豚の東部に仕上げている。

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▼玉人(新石器時代)。角ばった顔の表現が面白い。護符か。

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館の建物だけでも優に500億円はかかりそうだ。

日本でもバブル時代には競って大きな箱物が造られたが、中国も同じ道を歩んでいる。政治家、官僚が後世に名を残そうとするのは万国共通の現象。

遠からずバブルが弾けたとき、膨大な維持費、人件費を抱え、いかなる運命をたどるのだろうか…。




テーマ : 雑記
ジャンル : 日記

中国の道路事情

中国を旅してると、意外な発見(?)に出くわす。今回は、道路にまつわる話を。


エピソード1

近年、大都市の道路を走っていて目につくのは、中央分離帯ならず「中央分離柵」だ。

白いペンキで目立つように塗られた大人の胸ほどの高さの鉄柵が延々とつづく。

中国では横断歩道・信号の数が日本と比べて極端に少ない。これがため、車両の通行が激しい道を車が行きかう合間を縫って神業的な横断が横行する。

今夏に北京で観察したときには、数十メートル先に横断歩道があっても平気で車道を横切るシーンを目にした。

この「中央分離柵」だが、柵の高さからして人の横断を防止する(諦めさせる)措置と見た。人身事故の頻発に業を煮やした交通局が考えだしたのがこの鉄柵らしい。

その実効性はなかなかのものだ。アイデア賞に値する。


▼合肥市内の道路。

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エピソード2

中国の高速道を走っていると、日本のように料金徴収所が出口に設置されず、出口とは縁のない場所に設置されているのに気づく。

出口近くに料金徴収所を設けると、料金を踏み倒して直ぐ一般道路に出れるが、ここんところを見透かして、料金所の設置場所を考えだしたものか。

かつて吉林省を旅行しているとき、一般道路で50キロほどの距離に数ヵ所の料金徴収所を通過した。徴収した料金は道路の補修に充てるという名目だが、走っている道路は穴ポコだらけだった。

また小さな村を通過するとき、村民が2~3人出張って通過料を取っているところもあった。

これらは、日本でも室町時代の淀川沿いの街道に設けられた悪名高い「関銭」の類だ。

徴収された料金の行方は藪の中だ。

どうもその多くは幹部の胃袋か財布の中に消えてしまっていそうな…(アハ)。


▼高速道の料金徴収所。

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エピソード3

今回、田舎の道を走っているとき、2車線のコンクリート道路の片側車線に干し草(家畜の飼料?)を天日干ししているのに出くわした。

以前のことだが、道路いっぱいに穀物をぶちまけ、通過する車のタイヤで脱穀する奇妙な光景も目にしたことがある。

よく見ると、走行車線との境にご丁寧にも割れたガラス瓶を置き、干し草への車の侵入を阻んでいる。

1車線しか車が走れないので、対向車が来たとき交わすのに難儀。

道路っていったい何のために設けたもの????


▼干し草の乾燥場に化した田舎の舗装道路。

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テーマ : 雑記
ジャンル : 日記

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