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路地の秋

9月29日。 ここんとこ、雲一つない秋晴れが続く。

草庵から一歩路地に出ると、吹きぬける風がキンモクセイの芳香を運んできた。隣家の庭木だ。

路地の奥にあるフヨウも白い可憐な花を一輪結んだ。毎年、決まった季節に花を咲かせる。

背丈ほどに伸びたヒメジヨンも薄紫の小さな花を咲かせ、路地に彩りを添える。



路地の秋も日ごとに深まっていく。そろそろ、今年の紅葉の発色が気になるところだ。

昼間気温が上がり、夜に気温が下がる年は大いに期待が持てる。

今年はどこに紅葉狩りに行くとするか…。



▼芳香の発生源。隣家のキンモクセイ。

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▼手前に葉ボケを入れ、キンモクセイのズームアップ。4~5弁の小さな花が密生。

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▼清楚感あふれるフヨウ(芙蓉)の花。

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▼ヒメジヨンの花。

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子猫が路地でウロチョロ

9月28日。抜けるような碧空に強い陽射し。

昨日は木曽の御嶽山が前触れもなくドカーンと噴火。 気象庁火山噴火予知連絡会の面々も真っ青。

折しも、山は紅葉の真っ盛りで多数の登山客が噴煙に巻き込まれる事態に。

命からがら下山した登山者の姿はいずれも灰神楽の体。山頂付近で逃げ遅れた登山者の安否が気遣われる。

一夜明けた今朝になっても被害者の詳細は不明。




わが草庵の路地では、いつ生まれたのか子猫四匹が徘徊、ウウッ。

しかも四匹とも毛色がそろっとる。

わが家の経済事情も考えず、次々と個体数が増えよる(涙)。

どなたか、もらい手はいないもんかえ…。 ただし、捕獲すんのに苦闘しそうじゃが。



▼レンズを向けると、親猫が耳をそばだて警戒心を見せる。

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▼手前の子猫が足裏と腹を見せて戯れとる。無邪気なもんだ。

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▼よりもよって、四匹とも母親にそっくりの毛色じゃわい。一匹は左手の叢の中に。

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府立植物園のスイレン

府立植物園へ野花を撮影に行ったついでにスイレン池に立ち寄る。

ここはスイレンの花を愛でるアマカメラマンの撮影スポット。

太陽光線の高さ・方角も頃合いで、橋の上から、手持ちで撮影。

接写用のマクロレンズを70-200mm望遠レンズに換装して望遠端でショットすることに。

微風にかすかに揺れるスイレンの花を写すには、欄干にカメラをもった腕を支え、風が止んだ一瞬を狙う。



▼深紅のカンナの花、青い空、白い雲を映したスイレン池。

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▼蕾と開花したスイレンとのコラボ。

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▼薄紫の色合いが。

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▼青い葉とピンクの花弁のコラボ。

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▼まだ開花しきっていない紫色の花弁。葉の色がちと賑々しい。

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秋の草花

9月23日。秋分の日。 30℃を超える夏の強い日差しが戻ってきた。東シナ海に台風があって、明日から雨模様の天気に。

そろそろ田んぼの畦にヒガンバナが深紅の花をつける頃合いだわい。 府立植物園のススキの根に宿るナンバンギセルも気になる。

直射光が強く、撮影にはベストコンデションとはいえないが、仕方がない(涙)。


秋の野花に目がない庵主は、重いカメラバッグを肩に掛け、半年ぶりに洛北の府立植物園へ直行。

休日とあって、園内は家族連れ、老若のカップルが繰り出し、なかなかの盛況ぶり。

北山門から200円払って入園し、先ずは植物生態園を目指す。

ここにはさまざまな樹種からなる森があって、樹下は秋の野花の宝庫だ。

今の季節、ここに脚を踏み入れると、とりどりの花が咲き誇り、レンズを向けるのに余念がなく、しばし時の経過を忘れる。

ときおり、一眼レフカメラを手にした同業者(?)と遭遇。

ふと気がつくと、陽が西に傾き、閉園まじかに。



▼真赤なラべンダ―の花壇。

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▼キキョウ(桔梗)。ちと季節がずれとりゃ…。

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▼ケヤキの大木の根元に陽光を受けたヒガンバナが一輪。

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▼少し離れてもう一輪。

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▼生態園の樹叢で見つけた一輪をクローズアップ。

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▼まだまだ青々としたカエデの葉。今年の紅葉はどうだろうか…。

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▼一風変わったピンク色の小さな花をつけとる。名称不明。

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▼淡い紫の花をつけたナンバンギセル。左側はもうしぼんどる。

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▼ヒオウギアヤメ。本州の中部以北に自生。

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▼白く清楚な花をつけたノシラン。

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▼上を見上げるとハクウンボクの葉に木漏れ日があたり、葉脈が透けて見える。

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▼人の背丈もあるフジバカマ。風にそよぎユ~ラ、ユ~ラ。こんなときはISO感度を上げ高速シャッターで。

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▼王朝人に愛されたフジバカマの花。

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▼フジバカマの蜜を吸うアオスジアゲハ蝶。露出オーバー気味に(アチャ)。

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▼小さな黒い実をつけたノグルミ(野胡桃)。京都府では絶滅危惧種に。

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▼キヨズミギボウシ。関東以西の本州、四国に分布。

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▼大きなザクロの実。

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▼大芝生広場で憩う行楽客。

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▼ヨチヨチ歩きでバギーを押す幼児。200mmでショット。

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撮影機材;Nikon D800E、TAMRON SP90mm F2.8 Di MACRO、AF-S NIKKOR 70-200mm F2.8G ED VRⅡ

2万8000年前の埋没林

9月8日、青森県金木の調査の折、日本海岸に面した出来島海岸(つがる市)の埋没林を見学。

埋没林といえば、富山県魚津市の海底埋没林が有名だが、出来島海岸の埋没林はそれより優に2万年は古い。

2万8000年前に約1000キロメートル離れた鹿児島県姶良火山の噴火によって飛んできた火山灰が見つかり、その直下にトウヒ属やカラマツ属などの亜寒帯針葉樹の埋没林がある。

ここは姶良火山灰が単層で見つかった最北の事例だ。

魚津の埋没林は完新世のスギが主体であるが、スギが日本海側にはびこる前の更新世には亜寒帯針葉樹が主体の植生が拡がっていたことを物語る。

浸食によって後退する海岸線にテトラポットが設置され、歯止めが掛けられているのは嬉しい。



▼出来島海岸埋没林の案内板。

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▼出来島海岸の砂丘の下に露出する泥炭層。

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▼地層が水平に折り重なりバウムクーヘン状を見せる。茶褐色に見えるのは鉄分を含んだ水の浸出による。

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▼埋没した樹木が浸食によって顔を出す。

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▼レンズキャップの上に厚さ5mmほどの黄褐色の姶良火山灰が見える。

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出来島埋没林は、この地域の最終氷期の植生、その後の環境変動を知るうえで貴重な情報を提供する。

図書館では得られない生の教材がここにある。つがる市の保護措置に敬意を表したい。


函館赤レンガ倉庫群

読者のリクエストに応じて函館赤レンガ倉庫群を特集。

赤レンガ倉庫は、海港の神戸、小樽など各地に造られ、貿易品の保管に充てられた。

現在、本物のレンガは高価なため、安価な建材に取って代わられた。その希少性のため歴史的・文化財的価値が見直されつつある。

こうしたなか、広大な赤レンガ倉庫をテナント、ビヤホール、レストランとして再利用することで観光資源として再開発する動きが出てきた。

函館では、各種土産物屋さんが集中し、修学旅行生の買い物スポットとして集客力を高めている。

また中国、台湾、韓国からの観光客も立ち寄り、異国情緒あふれる観光スポットとしての役割も果たしている。

明治期の歴史的建造物の再利用法としては成功例に属するか。




▼岸壁に面した金森赤レンガ倉庫群。観光客がベンチで憩う。

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▼天井のない倉庫。内側は芝生の庭に。外壁には看板がなく、ただの倉庫としか見えない。

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▼東日本震災時の津波到達高度(高さ120cm)を示すプレート。

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▼赤レンガ倉庫の外壁と頑丈な鉄扉。津波の襲来にも耐えられそう。

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▼出入口の瀟洒な街灯。

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▼植え込み脇にさりげなく置かれた猫のブロンズ像。港にネコは付き物。

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▼倉庫内のテナント。天井がなく梁と桁が剥き出しで、圧迫感がない。

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▼新たにつくられた結婚式場。

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津軽鉄道

本州最果ての「ゆる鉄」として鉄道ファンの垂涎の的となっているのが津軽鉄道。

冬は「ストーブ列車」で人気を集め、お座敷列車も観光客にことのほか人気とか。

ストーブで焙ったスルメって、美味しそう。

昨年乗ったときは、車内に鈴虫のイラストがあふれとったな(2014年9月の記事参照)。


金木町の芦野公園脇は桜木のトンネルが続き、格好の撮影スポット。写真は芦野公園踏切脇でショット。

乗車した五所川原駅から芦野公園駅区間までは、津軽平野の黄色く色づいた稲穂の海を疾走。

まばらな観光客のほかは、通学の生徒たちの脚となっている感が…。どこへ行っても自家用車が氾濫し、日本全国似たようなもの。

「斜陽館」以外に沿線に客寄せの観光地を抱えないゆる鉄の前途は多難。



▼朝靄の中、クロマツの巨木が林立する閑静な芦野公園。日本海からの冬季の強い西風で幹はどれも東に傾く。

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▼芦野国道踏切。「花咲爺」のイラストがユーモラスだわい。

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▼桜トンネルの奥から前灯をともしたオレンジ色に緑のラインの車体がゴトン、ゴトン。これぞ「ゆる鉄」の精華!?

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▼2両編成の「走れメロス号」(太宰治の小説に因む)だわい。

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本州最北端で頑張っとる「津軽鉄道」。 蔭ながら応援してまっせ~。

次は「ストーブ列車」に乗りたいな~。


五稜郭

9月9日。函館の観光名所「五稜郭」へ。

ここは、幕府が北方警護のため箱館奉行所として元治元年(1864)に築城した西洋式城郭。

明治元年(1868)、幕臣榎本武揚・大鳥圭介、新撰組副長土方歳三らが幕府海軍艦隊、陸軍の生き残りを擁し北海道に共和国樹立を謀って維新政府軍と戦った(箱館戦争)史跡。

榎本武揚らの夢も、官軍の猛攻に耐えきれず、降伏とともにはかなく潰え去る。

「賊軍」のレッテルを貼られた兵(つわもの)たちの夢の跡が国指定史跡に。

土方は箱館の野であえなく戦死し、榎本・大鳥は助命されたのち明治政府の高官に就く。幕府への義と節を貫いたのは土方歳三ひとり。

30年前に来たときはなかった無粋な「展望タワー」(有料)に登り、先ずは五稜郭の全景と市街地を俯瞰。

ここからは360度の市街地パノラマが楽しめる。



▼五稜郭の全貌。と言いたいが、24ミリ広角レンズに収まらず(ウウッ、)。11ミリ超広角レンズを持参すべきだった。

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▼箱館山と函館港遠望。津軽海峡を隔て下北半島が見える。

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▼大手門に通じる橋と堀。堀端の石垣は水面上2mと低い。

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▼武者返しを備えた城壁。

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▼城内に復元された函館奉行所。

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▼市内で掘り出された古式蒼然たる戦争遺物。

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次は、城の内外に植えられたサクラの花咲く季節に訪れることにしたい。

北国の桜も捨てがたい。


新島襄海外渡航の碑

9月9日。函館は、元治元年6月、同志社大学校祖新島襄が幕府の禁制を犯し海外渡航に成功した地。

吉田松陰が下田で海外渡航に失敗した轍を踏まず、幕府の警戒が薄い箱館を慎重に選んだのであろう。

6月14日の夜半、小舟で停泊中の外国船に乗りこみ密出国に成功。

函館港の一隅にその石碑が建てられている。

その碑文には「男児志を決して千里を馳す 自ら辛苦をなめてあに家を思わんや 却って笑う春風雨を吹くの夜 枕頭なお夢む故国の花」(原文は漢詩)とある。

この詩は、密出国後上海で詠まれたものという。壮士の気概が感じられる。

幕府の禁制を冒して海外に飛躍する新島襄の固い決意と家族愛がにじむ。

上海を経て米国に10年滞在したのち帰国し、明治7年(1874)京都に同志社英文学校((同志社大学の前身)を創立。

密出国に失敗し小塚原刑場の露と消えた松陰と新島襄の運命を分けたのは何であったのだろうか。



▼函館港に面した赤レンガ倉庫群。現在、テナント、ビヤホール、コンサート会場に再利用されている。

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▼新島襄海外渡航の地石碑。対岸の島は人工島。

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▼新島襄海外渡航碑文。なかなかの達筆だ。

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▼小舟で外国船に接近する新島襄のブロンズ像。渡航池の数百メートル手前にある。

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▼新島襄海外渡航地の遠望。公海食品倉庫の右手に石碑。

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▼新島襄がニコライ主教に日本語を教えながら出国の機会をうかがったとされるハリストス正教会。

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▼マンホールの蓋にユーモラスなイカのデザイン。

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函館夜景

9月8日。青森から函館へ脚を伸ばす。北海道に脚を踏み入れるのは実に30年ぶり。

青森を出て、青函トンネルを経て函館まで約2時間。

青函連絡船時の名曲「津軽海峡冬景色」の情景は、いまや昔日の感が…。

津軽海峡下のトンネル53キロを26分で通過。トンネルを抜けると、太陽が照りつける青空が眼前に。

ホテルで休息後、函館の知人の案内で箱館山に登り、百万ドルの夜景をショット。

折しも「中秋の名月」という絶好のお膳立てであるが、あいにく函館上空には雲がかかり、ときおり雲間から月が顔をのぞかせる。

タクシーの運転手に箱館山登山道の二合目、七合目の撮影ポイントを教えられ、ひたすらショット。

三脚を持参していないため、ISO高感度、絞り開放に設定し、シャッタースピードを早くして手ブレを押さえることに。

ここが培った腕の見せどころ(汗)。



▼青森発函館行き「スーパー白鳥」。新青森駅ホーム。

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▼座席前の青函トンネル通過予定時刻表。こんな親切な案内、日本広しといえどもこの線だけ。

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▼箱館山2合目からの函館夜景。手前の樹木が邪魔だわい。

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▼中秋の名月と函館。雲間の群青の空を演出。

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▼津軽海峡に映える月明かり。手前にススキの穂。右手の白点は漁火。箱館山七合目から撮影。

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▼漆黒の闇に浮かぶ函館市街地の街明かり(箱館山山頂展望台から)。

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津軽の秋花

山野を彩る秋草の花。これもいい。

本州最北端の池とあって津軽の秋は早い。

山野に脚を踏み入れると、そこは野花の楽園だ。花好きにとってはもう堪らん世界。

暫し時間を忘れてシャッターの虜に。

馴染みの花、見慣れない花などをレンズ越しに覗いては、心をウキウキ、ワクワクさせる。

しかし、いまどき西日本の田んぼの畦に赤く咲き乱れるヒガンバナだけは見当たらない。北限を超えた地のせいか。

あとひと月もすれば、シベリアから冷たい風が日本海を渡ってくる。津軽の冬は実に厳しい。



▼陽光を受け銀色に輝くススキの穂波が風にそよぐ。秋の季節を運ぶ風だ。

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▼胞子あふれるススキの穂。

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▼早くも色づき始めた樹木の葉。津軽の秋は早い。

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▼淡い紫が目に優しい萩の花。

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▼薄紫の花をつけたアザミ。

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▼アザミの花のアップ。

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▼熟しはじめたガマズミの実。

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ニホンザルやクマが出没する津軽の山。 津軽にはまだ豊かな自然が残っている。

津軽平野の秋

9月の津軽平野は見わたす限り黄金の穂波が埋め尽くす。

まさに「豊葦原瑞穂の国」を具現。

ここは陸奥の国の一大米所。稲穂と岩木山との取り合わせは実に素晴らしい。

雨がひときわ多かった西日本とは裏腹にこの地は豊作だ。

太宰治の生地の金木から日本海側に広がる津軽平野は、藩政時代以来大きな潟湖を干拓してできた人工平野だ。

この干拓に津軽藩の果たした役割は実に大きなものがある。

岩木川に架かる岩木大橋で車を停め、袂にある石碑になにげなく目をやると、「津軽三味線」の始祖の看板が。

岩木川を行き交う船頭たちが口ずさんだ昔日が思い浮かぶ。




▼ゆったり流れる岩木川。水量が豊富だ。

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▼岩木川「神原之渡し」の地に立つ石碑。かの吉田松陰もこの地を踏む。

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▼津軽三味線始祖(仁太坊)の里の案内板。

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▼岩木山をバックに津軽平野上空に浮かぶ綿雲。美空ひばりの名曲「リンゴ追分」の一節が思わず口ずさむ。

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▼金木集落の上空に浮かぶ「中秋の名月」。

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野外調査の合間を縫って、津軽の秋を愉しむ。

津軽の旅

8月の日本列島は各地で記録的な豪雨に。京都でも御所の周りの道路が冠水。

地球が壊れかかってとるんでは…。

9月に入り、昨秋に続き津軽の地を踏む。

9月4日、雨上がりの伊丹空港から青森空港まで一飛び。上空は3層の厚い雲に覆われ、地上は見えず。

青森空港からリムジンバスで弘前まで約1時間。弘前駅から五所川原市までJR「しらかみ号」に乗り換え。

この「しらかみ号」は全車指定席なるも他に乗客は見当たらず。全車指定席にする理由が不可解。

車窓から眺める岩木山は六合目以上は厚い雲にすっぽり。

昨秋も頂上を見ることができなかったが、人見知りする山かも…。



▼日本列島上空は厚い3層の雲にすっぽり。

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▼弘前駅ホームに停車中の「しらかみ号」

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▼「しらかみ号」のガランとした車内。

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▼稲穂の波と岩木山。

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