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熟したナツグミ

ここ数日、雨模様の天気が続き、湿度が急上昇。 不快指数がウナギのぼりに。 水の中で息しとるような…。

5月29日(日)、 21日にアップした裏庭のナツグミが、いま食べごろに。

初穂を23日に円亭に持参したときは、熟し初めで酸味がのこる。


26日にゼミの学生に食べさせようと思い、持参したら、ほとんどの学生が知らん。

それはそうじゃろう。 デパートの食品売り場に行っても売っとらん。 旬が短いから、日持ちが効かん。

梅雨時に赤黒く熟すヤマモモもしかり。 これまた幼少の頃、オヤツ代わりによく口にしたもんだ。

なにせ戦後の食糧難の時代に生を受け…(アハハ、汗)

ナツグミをこわごわ口に含んで、次の瞬間、顔がほころびた。 んだろう。



▼たわわに熟したナツグミ。

ナツグミ_01 (画像をクリックすっと拡大)




▼左上の実はまだ半熟。

ナツグミ_01_01
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北アルプスの見える山寺

3月8日の早朝、北アルプス展望台を訪れた折、道路脇に山寺を発見!!

長野県小川村にある、北アルプスを遥かに望む山寺。 それが高山寺。

朝な夕なに雪を抱いた後立山連峰が目に飛び込む最高のロケーション。 よくもこんな場所に建てたもんだ。

木立から鶯の鳴き声が聞こえ、石楠花、ユキヤナギ、ヤマブキ、コブシの花が咲き乱れ、これぞ風流の極み。


建久6年(1195)、源頼朝が創建したと伝えられる真言宗寺院。 小さな三重塔は県指定史跡。

本堂の屋根は銅板葺き。 昔はわらぶき屋根だったのだろう。 漫画「日本昔話し」にでも出てきそうな山寺だ。


垂れ下がった見事な枝振りを見せる赤松が1本。 手入れも行き届き、これは天然記念物もんだ。

境内は、よく掃き清められ、裏手にまわると、苔むした石地蔵が並ぶ。

入山料無料なのがまたいい。 ここはれっきとした信仰の寺だ。 

都会の喧騒を離れて心を癒すには、もってこいの山寺だ。



▼尾根に張り付くように建てられた高山寺のたたずまい。

高山寺_01  (画像をクリックすっと拡大)




▼石段を登ると、楼門を兼ねた鐘楼が。

高山寺_01_01




▼銅板葺きの屋根と「高山寺」の寺額。

高山寺_01_09





▼手入れの行き届いた見事な下り松。 遠くに雪を抱いたアルプスが。

高山寺_01_02




▼北アルプス(後立山連峰)眺望。 ウウッ、黄砂が飛んで来とる(涙)。

後立山連峰_01





▼県指定文化財のかわいい三重塔。

高山寺_01_04





▼裏手にコブシの花と雪桜が。

高山寺_01_10





▼苔むした石地蔵。

高山寺_01_05





▼大小石臼の供養塔。 これはアイデア賞ものだわい。

高山寺_01_08





▼珍しい赤い花をつけた石楠花(シャクナゲ)。

高山寺_01_06





▼路傍のヤマブキの花。

高山寺_01_03



信州そば処「美麻の里」

大町市に滞在中、緑の森に囲まれた山里の美麻(みあさ)へ。 木崎湖畔の稲尾集落から東へ車で約10分。

美麻は観光雑誌『るるぶ』などでも紹介され、長野県でも有名な「そば処」だ。 そば専門の店が小さな山里に数軒散在する。

有名人や知事もお忍びでときおり訪れるらしい。

学生たちを連れて昼食に。 信州の名物といえば、なんといっても「そば」。

京都くんだりから信州の地まで遠征してきたからには、学生たちに食わせんと一生恨まれそう(ブルブル)。

食べ終わった学生たちは、満腹し満足感にひたる。 

 しめしめ、これで逃散者を出さずに済みそう(笑)。 人心掌握には食い物が一番(アハ)。




▼雪を抱く後立山連峰が頭をのぞかせる美麻の里。

美麻の里_01_01 (画像をクリックすっと拡大)





▼若葉が美しいひなびた山里。

美麻の里_01_02





▼「麻の館」の店構え。 駐車場完備。

美麻の里_01_03




▼店のお姉さんがそば粉をコネコネ。 手つきが堂に入ってるわい。

美麻の里_01


うひゃ、肝心の「とろろそば」を撮影するのを忘れとった。

神懸かりの発掘

この連休期間中、長野県大町市木崎小丸山遺跡(西丸震哉記念館敷地内)で前期旧石器をもとめて発掘調査を実施。

西丸震哉記念館の杉原保幸館長が、2010年来敷地内で旧石器を求めて小規模な調査を積み重ね、ローム層中から旧石器を発見。

しかし、杉原氏が学会でポスター発表と同時に資料展示するも、降下火山礫に惑わされてか、研究者のほとんどは疑心暗鬼。

2015年12月、杉原氏が発見した石器を大学に持参され、コレクションの中にまぎれもない人工品(石器)が含まれているのに注目。 

昨年夏2度にわたって現地調査を実施。 崖面に残された地層と採集・出土資料をつぶさに検討し、石器表面に付着した土壌から本来の包含層を推定。

また日本列島では前例を見ない花崗閃緑岩製の礫器・剥片に注目。 ことに礫器は中国や韓国で出土する前期旧石器に酷似。

また流紋岩製剥片については、砂原遺跡出土の流紋製剥片に石質と剥ぎ方が類似している点に興味を抱く。


▼ 杉原氏発見の花崗閃緑岩・流紋岩・安山岩製の石器。

小丸山石器  (画像をクリックすっと拡大)



4月29日から5月10日まで、杉原採取石器の本来のローム層中での包含層準を確認するために学術調査を実施。

調査を開始して4日目になっても、開けたトレンチはローム層を客土に採掘した撹乱坑ばかり。

局所的に遺存したローム層からは石器のかけら1点も出土せず、参加者たちの間に厭な気分が漂い始める。


思いあまって、最後の望みをつなぐトレンチに御神酒を捧げ、諏訪大社(信濃一宮)に祀られる神さま(タケミナカタ神)に祈願すると、翌「御柱祭」の当日(5月3日)、最初の石器が顔を覗かせる。

なんとも霊験あらたかな神であることよ。

同様な奇跡は、7年前の出雲市砂原遺跡の予備調査でも体験。 

そういえば、タケミナカタ神は大国主命の次子で、アマテラス大御神の国譲りに最後まで抵抗し、信濃国に落ち延びられた神さま。

奇跡が2度も続くと、もはや偶然とは…。

出雲の神さまを味方に取り込めば、満願成就すること必至!! 要は信心の有無だわい(笑)。

これって、嘘のような本当の話。 



▼木崎小丸山遺跡遠景。 中央松林付近が調査地。

小丸山遠景_01 





▼調査風景。 左側の石垣の下が石器を出土したトレンチ。 手前の土嚢袋群は篩いがけを待つ排土。

調査風景_01





▼石垣の下に島状に残った7~12万年前の黄色ローム層。 畳一枚分のみ奇跡的に残存。

Ⅴa層上面検出_01 





▼ローム層から頭を出した流紋岩製石器。 ローム採掘があと5cm奥に入っていたら(ゾーッ)。 これまた神意か!!!

流紋岩製石器





▼流紋岩製石器とその跡形。 跡形がくっきり。 8万年間埋もれていたスタンプ。

流紋岩製石器と跡形_01




▼ローム層から頭を出した全長30cm強の大型台石(重量18.5kg)。 石垣の基礎工事から免れとる。 これまたミラクル。

流紋岩製台石




▼完掘したトレンチで満面笑みの調査スタッフ。 また一つ研究史に新たな1ページを!!。

完掘記念スナップ_01


出土した石器は、包含された地層の年代から約8万年前に遡る。
砂原遺跡に次ぎ、岩手県金取遺跡と同時期のれっきとした人類遺跡だ。

これで懐疑派には引導を!


(注)著作権設定につき、掲載写真の無断転用禁止。


熟し始めた草庵のナツグミ

5月21日(土)。 ここんとこ最高気温が30℃の真夏日が続く。 汗、汗、汗。

草庵ではTシャツに半ズボンでリラックス。 

夜半、寝てると顔の周りで蚊が飛びまわる。 もう、うるさくてかなわん。 裏庭が草茫々の茂みで、蚊の発生源に。


その裏庭でここんとこ、裏庭のナツグミが日を追って赤く熟し始めた。

昨年は近年にない超不作だったが、今年は豊作だわい。 多くの果樹同様、ナツグミにも稔る年とそうでない年がある。

あと数日もすれば収穫できっぞ

ここ数日、照りつける日が続いたんで、甘味も増してくれそうだ。

あとは、鳥の胃袋に入らんようにしなくては…。

ナツグミに目がない円亭の女将が、頸を長くして待っとることじゃろ(アハ)。



▼ウヒョッたわわに稔るナツグミ。

ナツグミ_01_02 (画像をクリックすっと拡大)




▼熟し始め。 半熟の色合いがなんとも言えん。

ナツグミ_01_03




▼まだヘタがついとるわい。

ナツグミ_01




▼そろそろ食べ頃かな?

ナツグミ_01_01

信濃小川神社の御柱祭

5月3日は諏訪大社の「御柱祭」。 諏訪では今年も死人を出すほどの熱狂振りだ。

七年に一度開催される信濃一宮の大祭。 諏訪大社は出雲系のタケミナカタ神を祀る。

タケミナカタ神といえば、出雲の国譲りに際し、最後まで抵抗した大国主命の次子だ。

あまりにも有名な諏訪大社(諏訪市)のほかにも、信濃各地の神社で御柱祭が開催される。



祭日の当日、長野県小川村の県道を通りかかると、道の両側に注連縄が延々と1キロほど続く。

道路脇の広場にはテントが建てられ、出店までも。

道路脇の空き地に「御柱」が一対厳かに安置。 車を止め撮影していると、軽トラに乗せられた引き綱が到着。

あいにく先を急いだので、御柱曳きは見学できず残念。


後日、式内社小川神社を訪問し、社殿の前に一対立てられた「御柱」を実見。

神社の由緒を記した案内板を見ると、タケミナカタ神が諏訪への道中、この地に立ち寄った由。



▼道路脇の出店とテント群。

道路脇の出店_01 (画像をクリックすっと拡大)





▼道路脇に置かれた御柱一対。

道路脇の御柱_01 





▼スギの大木の根元に穿たれた柄吊り孔に通されたカヅラの蔓。

御柱柄吊孔_01




▼軽トラに乗せられて曳き綱が到着。

曳き綱到着_01




▼式内社小川神社。

小川神社_01




▼社殿の両脇に真新しい御柱が屹立。

小川神社御柱_01




▼奉納された真新しい「曳き綱」。

曳き綱_01




▼社殿の見事な破風欄間彫刻。

欄間彫刻_01




▼獅子の彫刻。 なかなかの作だ。

獅子彫刻_01




▼社殿裏の石神。

石神_01



出雲の神さまは、わが鎮守の祭神。 7年前から庵主とも浅からぬ御縁のあるお方だ。

今回もその大いなる恩恵に浴することに(笑)。

拝殿の賽銭箱には、たんまり御礼を。

翡翠ロード

ゴールデンウィークをはさんで北アルプスの麓にある木崎湖畔(大町市)で調査に従事。

ここはフォッサ・マグナ(糸魚川ー静岡構造線)が南北に走る日本有数の活断層地帯。

この構造線の西側の糸魚川にわが国で唯一のヒスイ原産地がある。 姫川の支流を遡った翡翠峡がその産地だ。

ヒスイの装身具(硬玉)は、威信財として東北から九州まで縄文人に重宝された。

縄文時代には、姫川産のヒスイが糸魚川ー静岡構造線をつたって長野、甲府、関東へ運ばれた。

そのルート上に位置するのが木崎湖畔にある縄文時代晩期の一津(いっつ)遺跡だ。 ここからはヒスイの加工品が多量に見つかっている。


この構造線に並行して木崎湖・青木湖の西側に聳えるのが仁科山地。 クマやサルが生息する自然豊かな山だ。

この尾根に沿って林道が縦走し、そこからの北アルプス、木崎湖の眺望は絶景の一語につきる。

都会の喧騒を離れ、久々に目の保養をさせてもらう。



▼木崎湖全景(小熊山山頂から)。右手奥に大町市街。

木崎湖_01 (画像をクリックすっと拡大)




▼ヒスイの加工をした一津遺跡(写真中央の海の口駅一帯)。

一津遺跡_01




▼北アルプス爺ヶ岳。

爺ヶ岳_01




▼鹿島槍ヶ岳

鹿島槍ヶ岳_01




▼道に飛び出してきた野生サル

野猿_01
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