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銀杏の文化史Ver.2

ここ数年、イチョウ並木の黄葉が遅れとる。地球温暖化のせいなのかも…。


先週、神戸に住んでいる20年来の知己が、イチョウ(銀杏、ギンナンとも)の種子(核)をどっさり京都まで持参してくれた。これまた秋の風物詩だ。

この植物、イチョウと呼んだりギンナンと呼んだり、ややこしい。通常、樹木をイチョウ、その実をギンナンと呼ぶ。


ビニール袋の中を覗くと、小ぶり、大ぶりの種子がどっさり。

聞くと、家の近くに生ったものを拾い集め、厭な臭いのする中果皮を取り除いて水洗乾燥したのだという。この作業は、経験した者でないと分からん、実に厄介な作業だ。いまの若者は敬遠してしまう。

それだけに頂戴して嬉しさが倍加する。

手土産に四掴みほど小分けして、この客人を「円亭」へ案内。

2~3年ほど前まで、この店で岐阜産の大振りの銀杏の実を出していたが、ここんとこ京都御苑で拾い集めたシイの実が銀杏に取って代わった(トホホ)。こっちのほうが元手がかからず、手間暇かからんで楽とのこと(ガーン)。


イチョウ科の植物は遥か中生代(2億年前)に恐竜とともに栄えた植物として知られ、現存するのはイチョウ一種だけで生きた化石(遺存種=レリック)とされる。

植物としては原始的な雌雄異株で、春にそれぞれ雌花、雄花をつけ、10月頃になると雌株に実が黄色く熟す。


この銀杏、不思議にも『万葉集』『風土記』に見えない。樹高30mもの巨木に成長し、秋には葉が黄葉し、ひときわ人目に立つ銀杏の木が古代人の目にふれなかった筈はない。

また平安時代に編纂された『倭名類聚抄』(日本最古の漢和辞書、934年頃成立)にも、「銀杏」の名が見えない。ひょっとして、この植物に別の漢字を宛てていた可能性もなくはないが…。

古代遺跡からの出土例にしても、管見にふれない。これだけの硬い種子であれば、水漬かりの遺跡で腐らずに依存する確率はきわめて高い。

ということは、この植物は10世紀後半以降に人の手によって外国(中国?)から移入されたものではないか、という推測に駆られる。蘇州や北京でイチョウの木を見たことがある。

なお、韓国全羅南道新安沖で発見された沈船から銀杏の種子が引き揚げられている。この船は中国の慶元(寧波)から日本に向かった貿易船で1323年に難破したものとされる。鎌倉時代末のことである。

銀杏の移入時期を探る鍵を握るのは、この植物名の語源であろう。

中国ではイチョウは「鴨脚樹」「公孫樹」と表記される。「鴨脚樹」とはイチョウの葉の形が鴨の脚に似ていることに因んだものらしい。後者は、植えてから孫の代にならないと実がつかないことから名づけられた名称である。銀杏の実を昨今では「銀果」と呼んでいるらしい。

イチョウの語源については、江戸時代に貝原益軒や黒川春村が自説を述べているが、いずれも信ぴょう性に乏しい。

国語学者の新村出博士は、宋・元時代(11~14世紀)に鴨脚を宋音で「ヤ―チャオ」と発音していたことから、これが日本に伝わり訛って「イチョウ」と呼ぶようになった、と考えた(『大言海』)。傾聴すべき説である。

真柳誠氏の研究(「イチョウの出現と日本への渡来」)によれば、銀杏が北宋代の11世紀前半に安徽省宣城市から開封に移植・栽培された文献記録があるという。

宋時代には中国から私貿易船が博多や大輪田泊(神戸)に盛んに来航し、日本人僧侶で入宋したものも多い。イチョウがお寺によく植えられているのを見ると、お坊さんが将来したものかもしれん。


しかし、銀杏が日本に移入された正確な時期は、今後の研究を待たねばならない。


イチョウの葉は、水分を含み落ち葉焚きには敬遠されがちだ。社寺の境内で巨木を見るのは、火除け樹としての効用があったのだろう。

また熊本城内にはイチョウの木がたくさん植えられている(別名”銀杏城”)が、これはイチョウの実を籠城用の非常食として利用することを意図したものとされる。慶長の役(1597~98)の際、蔚山に籠城し食糧に難儀した加藤清正の体験が活かされたものにちがいない。


銀杏は、高血圧に効き目があるそうな。 焼いたら芳しく酒のつまみや茶わん蒸しに最高だ。しかし、食べ過ぎると鼻血が出たり、死亡に至るケースもあるという。なんにしても食べるには程がある。


以下、調理法のレシピ。


▼頂戴した銀杏の種子。

P1010001_convert_20111106201424.jpg (クリックすっと、画像が拡大)



▼焙(い)る前にナッツ割り専用の道具で殻を割る。これをやらないと、実が弾けて飛んでいく。

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▼殻を割ってフライパンに乗せ、表面に焦げ目がつくまで焙ると、芳ばしい香りが漂ってくる。

P1010005_convert_20111106201524.jpg



▼硬い殻を手で剥いて中の実(胚)を取り出す。茶色の薄い膜(種皮)を剥がすと美しい翡翠色の実が現われる。

P1010009_convert_20111106201551.jpg


翡翠色の実にミネラル豊富なモンゴル産の岩塩(今夏に入手)をまぶして口の中へ。

秋の夜長は銀杏の種子を炒って、お酒を熱燗でチョビ、チョビ。これは堪らん。

ささやかな至福の時だ。


銀杏の実に魅入られた庵主。


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テーマ : 雑記
ジャンル : 日記

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ちょーなるほど銀杏歴史ブログ!万葉集にないなんて意外でしたφ(・ε・。)カキカキ

昨日ミモリンがやってきましたよー!銀ブラしました☆
先生も早くきてくれないかなぁ~…と心まちにしてますっ☆☆笑

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