景福宮の衛兵交代式

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4月27日、北村から鐘楼前を経て景福宮へ。

景福宮は、朝鮮王朝の創始者である李成桂(在位1392-1398)によって1395年につくられたが、豊臣秀吉の朝鮮侵略の際焼き打ちされ、その後再建された。

1910年、日本による韓国併合後、宮地に朝鮮総督府が置かれ、1945年日本の敗戦により廃止された。その洋風建造物は国立博物館として再利用され1990年代まで存在したが、金泳三政権時に保存運動を押し切って解体移転されてしまった。

景福宮は日本による2度にわたる破壊を受けたことになる。悲しい運命をたどった宮殿。

跡地は整備され、かつての宮殿に付随する建物(典礼門)が復原されている。

典礼門前では、観光用に守備兵(守門将)の交代式がおこなわれている。



▼景福宮の光化門(南門)。かつての光化門は解体修理された。

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▼鐘楼。超近代的なビルとミスマッチ。レレッ、24mmで撮ったら魚眼効果に。

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▼典礼門前広場。左奥は北漢山。この山の麓に青瓦台(大統領官邸)がある。

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▼典礼門前の守備兵交代式。2人の守備隊長が相互に身分を確認。

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▼軍楽隊の行進。背景のビルとチグハグ。

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▼光化門守備兵配置。帽子に雉の尾羽を付ける。

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▼守備兵の武装。弓、刀、胡籙。弓は短弓で弓袋に収める。

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▼光化門前での交代。

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